1-2 あにまるの孤島

 それから電車で知世のマンションの最寄りの駅――大宮駅に向かい、駅構内にあるサンドイッチ専門店でランチにすることにした。フルーツサンドが有名で知世も度々買っているお気に入り店だ。いつもは大学で食べる用に買うため、イートインは今回が初めてだった。


「私フルーツサンドって初めてなんです。綺麗……可愛い」


 しかも隣には笑顔を弾けさせる花奈もいる。

 何度も食べているはずなのに、釣られてパシャパシャ写真を撮ってしまったのは内緒の話だ。



 午後一時すぎ。

 腹ごしらえも済んだところで、ついに知世の部屋へ花奈を招き入れる時がやってくる。

 夕食の材料もすでに用意済みのためスーパーに寄ることもなく、思ったよりも早くマンションに辿り着いてしまった。


「どうぞ」

「は、はい。お邪魔しまーす……」


 ペコペコと頭を下げながら、花奈はスーツケースとともに部屋の中へと入っていく。もので溢れていない、という意味では自信がある知世の部屋である。


「わっ、綺麗なお部屋」


 という花奈の声には思わず鼻が高くなってしまう。

 しかしながら、狭さには目を瞑ることしかできなかった。一人暮らしだから仕方ないのだが、来客用の部屋などは当然のようにない。お客様用の布団も数日前に実家から送ってもらったばかりで、夜になったら知世の部屋に敷くことになっているのだ。


 花奈の荷物の整理をして、浴室やトイレ・ミニキッチンを軽く紹介する。それから知世の部屋に戻ってきて、ふうっと息を吐いた。

 視線の先には本やティーカップ・ルームライトなどが飾られた間仕切まじきりラックがある。今は壁際に置かれているが、動かせばパーテーション代わりにもなる優れものだ。


「私の部屋、結構狭いと思うから。夜は布団を敷かなきゃいけないけど、日中ならこうして仕切ることもできるよ」


 言いながら、知世は「どうする?」と言わんばかりに花奈を見る。

 従姉妹とはいえプライベートな時間は大切だ。色々と遠慮されてしまう前に先手は打っておくべきだろうと思った。

 しかし、花奈はすぐさま首を横に振る。


「私は別に大丈夫ですよ。でも、知世さんが動かしたいなら……」

「あぁいや、私もこのままで大丈夫。逆に気を遣わせちゃってごめんね」

「いやいやそんな、気にしないでください! だいたい私、そのぉ……」


 何故か瞬き多めにあらぬ方向を見つめてから、花奈は覚悟を決めたように知世と視線を合わせる。


「知世さんと仲を深めたくてここに来たんですから」


 ――可愛い。


 身長差で上目遣いになってしまっている姿も、言い終えてからわかりやすく目を泳がせている姿も、恥ずかしさからかゆらゆらと揺れている姿も。

 何もかもが愛おしくてたまらなかった。


「ありがとうね、花奈ちゃん。……それじゃあ」


 仲良くなるために何をしようか。

 そう言いかけて、知世はそっと口を噤む。


 時刻は午後二時すぎ。

 夕食の支度を始めるまで、まだまだ時間はある。花奈が「仲を深めたい」と言ってくれたのはもちろん嬉しいし、ついつい表情が緩んでしまいそうだった。


 だけど、最近の中学生は、というよりも花奈は。いったい何が好きなのだろう。

 花奈は明るくて素直で可愛い女の子だ。しかし具体的な趣味は何かと問われると「うぅん」と眉根を寄せてしまう。花奈が七沢家に来ている時はバラエティ番組を観ていたり、夕食作りを手伝っていたり、という印象が強かった。


 やはり良い子だ。だけどこれでは共通点が見つからない。

 いやまぁ、これと言った趣味がない知世との共通点とは? という話なのだが。

 とりあえずテレビの電源でも入れようか。それとも早速、秘儀「アフタヌーンティー」を解禁してしまおうか。


 ぐるぐると悩んでいると、


「あっ」


 と、花奈が何かに気付いたような声を漏らす。


 視線の先はやっぱりテレビ――の脇に置かれているゲーム機だった。


「知世さん、ゲームやるんですか?」

「あー……、うん。ちょっとだけね。例えば……そうだな。『あにまるの孤島ことう』とか、まったりできるやつばっかりだよ」

「!」


 知世が間切りラックに置かれていたゲームソフトを見せると、花奈はまるで「何で気付かなかったの!」とでも叫ぶように瞳を丸々とさせた。


 ちなみに、『あにまるの孤島』とは動物達が暮らす孤島に移り住み、ほのぼの生活を満喫するゲームだ。自分の孤島に他のプレイヤーを招くこともできるため、高校生の頃は毎日のように友達と通信していた記憶がある。

 まぁ、発売されたのが二年前だからもうずっとプレイしていないのだが。


「私もやってるんです、『あにまるの孤島』!」


 言って、花奈は荷物の中からゲーム機を取り出す。

 知世の持っているのは据え置き型と携帯型、どちらでも楽しめるタイプ。そして花奈のは携帯型に特化したタイプ。

 つまるところ、通信プレイが可能ということだ。


「花奈ちゃんってゲーム好きだったんだね」

「は、はいぃ。お恥ずかしながら」

「いや、別に恥ずかしくないと思うよ。『あにまるの孤島』なんか世代関係なく流行ってたし」

「そうなんですけど、ね」


 微かな声を漏らしながら、花奈は目を伏せる。

 花奈も花奈なりに思うところがあるのだろうか。今はせっかく共通点が見つかったところだし、深くは突っ込まないことにした。


「あの、ちょっと自分の島の様子を見てから通信でも良いですか? 誰かを招くの久々なので」

「良いよ。……というより、それは私からもお願い。お互い準備が出来たら始めようか」


 花奈の問いかけに、知世は苦笑交じりに頷く。

 好きでプレイしていたとはいえ、『あにまるの孤島』を起動するのは数ヶ月振りだ。きっと島中が雑草だらけで見るに堪えない状態になっていることだろう。むしろ花奈の提案に感謝しているくらいだった。


 三十分後、何とか島の整理を終えた知世はまず花奈の島に招かれる。想像通りというか何というか、花奈の島は可愛さに溢れていた。花やフルーツが島中を彩っていて、住民は猫やうさぎなど愛くるしい動物ばかり。部屋の中はスイーツを模った家具が揃っていて、「私、甘いものが好きなんです」と照れたように補足していた。


「私も好きだよ、甘いもの。よく紅茶と一緒にスコーンを食べたりしてて」

「スコーン! わ、おしゃれですね」

「別に手作りしてる訳じゃないけどね。また今度やろっか。アフタヌーンティー」

「あ、あふっ」


 あまりにも「アフタヌーンティー」がおしゃれワードすぎるのか、花奈はあわあわと口を動かす。どうやら相当テンションが上がっているようだ。

 秘儀「アフタヌーンティー」を目の前にした時、花奈はどんな反応をするのだろうか。非常に楽しみである。



 その後、何とか整理した知世の孤島を案内していると、花奈がぽつぽつと自分のことを話してくれた。

 ゲーム以外にもアニメやYouTubeを観るのが好きなこと。

 俗に言うアニメオタクというやつで、何となく知世に言うのは恥ずかしくて隠していたこと。

 知世のことはずっと姉のように思っているのに、本当のことが言えなくて罪悪感を抱いていたこと。


「そっか」

「……怒って、ますか?」

「ううん、そんな訳ないよ。教えてくれてありがとう」


 気にすることないのに、なんて思ってしまうのはあくまで知世の感情だ。

 知世だって趣味や夢がないことに悩み続けているし、他人に「気にすることないのに」なんて言われてももやもやが募る一方だろう。


 それに、単純に知世はほっとしているのだ。

 今こうしてプレイしている『あにまるの孤島』もそうだが、アニメやYouTubeも流行りのものなら知世にもわかる。


 意外と共通の話題もあるのかも知れないな、と知世は思い始めていた。

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