第一章 いとこと運命の出会い

1-1 共同生活の始まり

 花奈との共同生活の期間は十一月二十六日~十二月二十六日の一ヶ月間。

 彼女との日々が終わる頃にはすっかり年末になっているのを考えると、改めてその長さを感じる。


(クリスマス、今年は花奈ちゃんと過ごすことになるんだ)


 今までクリスマスは家族や友達と過ごしていたが、今年は一人暮らし。どうなることかと思っていたが、一人ぼっちはどうやら回避できたらしい。


(まぁ、花奈ちゃんに彼氏がいなかったらだけど。…………いない、よね?)


 急に心がざわつき始める。

 花奈はまだ中学生だ。一年前に会った時は黒髪で、花のヘアゴムで右側をワンサイドアップにしていた。

 そんなあどけなさを残した女の子が、一年後に再会した時には髪を明るく染めていたら。彼氏なんて当たり前のようにいるなんて言われてしまったら。

 考えるだけでぶるりと震えてしまう。


(……変な妄想はやめよう)


 心の中で首を横に振り、知世は目の前の現実と向き合う。

 今日は十一月二十六日、日曜日。

 花奈との共同生活が始まる日であり、知世は今、雛倉家の門扉もんぴの前に立っている。

 約束の時間の午前十一時が迫っているというのに、変な妄想のせいで妙に緊張してきてしまった。あとはインターフォンを鳴らすだけなのに、手が動いてくれない。自分はこんなにもヘタレな人間だったのかと驚いてしまうくらいだ。


 すると、


「知世さん……?」


 微かな声が知世の耳に届く。


 正直、「えっ」という声すら出すことができなかった。

 知世はただ、導かれるままに視線を動かす。

 一つわかることと言えば、自分がうだうだしているうちに先を越されてしまったということだった。


「花奈ちゃん」


 名前を呼ぶと、玄関ドアから顔を覗かせていた花奈の表情がぱあぁっと華やいだ。黒いTシャツワンピースにグレーのパーカー姿の花奈は、一年前と同じように黒髪をワンサイドアップにしていた。ヘアゴムに花飾りがついているのも変わらない。

 とてててっ、と慌てた様子でこちらに駆け寄り、花奈は門扉を開く。


「知世さん、お久しぶりです……ね?」


 目を合わせるや否や、花奈はコテンと小首を傾げる。


 ――あぁ、変わらないな。


 というのが知世の率直な感想だった。

 中学生にしては若干低めの身長に、ワンサイドアップが似合う活発な笑顔。だけど胡桃色の瞳はたれ目で、ただ単に幼いだけではない優しさに溢れていた。


「うん、久しぶり。ごめんね。一年振りだったから緊張しちゃって」


 馬鹿正直な言葉を漏らしながら、知世は恥ずかしさを誤魔化すように頬を掻く。

 すると何故か、花奈は「えっ」と目を瞬かせた。


「それは、その。私が可愛いからってことですか?」


 この子はいったい何を言っているのだろう。

 知世は目を細め、わざとらしい笑みを向ける。


「え? あー、うん。そうだね。可愛い可愛い」

「あうぅ……す、すみません。これはちょっとした冗談で、緊張してる知世さんを少しでも和ませられたら良いなって……。だいたい、可愛いのは知世さんの方だと思いますし」


 視線を沈ませながら顔を赤らめている――のはまぁ想像通りの反応だ。しかし最後に付け足された言葉はよくわからない。

 知世は大学生になっても化粧っ毛がないし、服装もタータンチェックのロングシャツにスキニージーンズでわりと地味な方だし、スカートなんて高校を卒業してからほとんど履いていないし、身長だって百六十一センチという高くも低くもない感じだ。強いて言えばミルクティーブラウンに染めたセミロングの髪は何だかんだ気に入っているくらいだろうか。


「あの、もしかして照れてますか?」

「……それは花奈ちゃんもでしょ?」

「う、あ……。私だって久々の知世さんと会うので緊張してたってことで、ここは一つ……お願いします」

「ん、お互い様ってことだね」


 ふっと微笑みかけると、花奈も「はいぃ」と諦めたような照れ笑いを浮かべる。

 何だ、意外と大丈夫じゃん、と知世は思った。もっと言葉数が少なくなってしまうものかと思っていたが、普通に会話は出来ている。

 一つ気になることがあるとしたら、


(でも、そっか。敬語なんだ)


 さっきから花奈が敬語で話しているということだった。

 知世の記憶が確かならば、一年前はまだ友達口調で接してくれていたはずだ。その時の知世は高校生だったが、今は大学生。先ほど「緊張していた」と漏らしていたし、やはり中学生から見た大学生は大人に感じるものなのだろうか。

 だとしたら、今の花奈は背伸びをしている部分もあるのかも知れない。


(緊張、解いてあげられたら良いな)


 インターフォンの前でうだうだしていたことを思い出すと苦笑してしまうが、ここは一旦気にしないことにして。

 頑張って近付いてきてくれている花奈の気持ちに負けないように、彼女を引っ張っていけたらと強く思う。


「行こうか、花奈ちゃん」


 問いかけると、花奈は「はいっ」と元気良く頷いた。

 優しいたれ目がキラリと光る。ひたむきな彼女の姿は眩しくてたまらないが、自分も負けないくらいの温かな笑みが返せていたら良いな、と知世は思った。

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2024年12月5日 18:00
2024年12月6日 18:00
2024年12月7日 18:00

いとこと推し活。 傘木咲華 @kasakki_

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