第二章 いとこと初めての推し活
2-1 アニメショップへ
こんなにも自分の生活がガラリと変わることがあるんだ、と知世は思う。
もちろん花奈と共同生活をしているからというのもあるのだが、雫の存在の大きさも半端じゃないのだ。
平日は学校やバイトがあるため本格的に推し活計画を進めることはできないが、空き時間でできることはたくさんある。
雫の出演アニメを観たり、曲やラジオを聴いたり、雫の個人YouTubeチャンネルを観てみたり。自分でもビックリするほどに雫中心の生活になってしまった。
大学の友人達には「従妹が来てるから」と言って色んな誘いを断っているが、そこに「推しができたから」を加えるのは推し活計画を完遂してからにしようと心に決めている。今はまだ「にわか」ファンの状態な気がして、推しだと宣言するのは恥ずかしいのだ。
そんなこんなで、あっという間に週末がやってきた。
十二月二日、土曜日。
今日は推し活計画その一、「アニメショップで柚木園雫に関するグッズをゲットする」を実行する日だ。
「私、アニメショップに行くの久しぶりなんです。通販が多くて」
「そうなんだ。じゃあ楽しみだね?」
「はいっ、でも……知世さんは初めてなんですよね」
「そういうことになるね」
「じゃあ私が案内しますよ。任せてください!」
花奈は得意げに言い放ち、胸を張る。
見るからにわくわく感に溢れていて、微笑ましい気持ちに包まれてしまう。白いトレーナーにオーバーオール姿なのも相まって、いつもよりも無邪気な印象だ。
「…………もしかして私、はしゃぎすぎてますか?」
視線の理由がバレてしまったのか、花奈はふと我に返ったように呟く。そんなことないよと首を横に振るも、花奈は目を細めてしまった。
「知世さんは相変わらず大人っぽいですよね。なのにちゃんと可愛らしさも残していて、凄いと思います」
「……随分冷静な分析だね」
ありがとう、という言葉とともに苦笑を零す。
今日の知世の恰好はモカブラウンのニットワンピースに黒のロングブーツだ。
普段はパンツスタイルを好んでいるのだが、友人に「絶対似合うから」と半ば強引に勧められて買ったものだった。着るのは久しぶりだが、花奈には好評――というよりもべた褒めで、少し恥ずかしく感じてしまう。
「もしや照れてますね?」
「まぁね。だからそろそろ行こっか」
「……知世さんは黒目が大きくてぱっちりとした瞳をしていて、だから可愛らしい印象が強いんだーっていう話はしなくても」
「うん大丈夫。褒められ慣れてなくてどんな顔して良いかわからないから。…………嬉しくはあるけどね」
言いながら、知世はそっと目を逸らす。
花奈はたまに、こちらがビックリするほどにぐいぐい来る時がある。基本は年の離れた従姉妹らしい距離感のはずなのに、ふとした瞬間に何かのスイッチが入るのだ。
(これは所謂「オタク特有の早口」ってやつなのかも)
美容オタクの友人がぺらぺらぺらーっと語っている姿を思い出す。
やはり特定の好きなものがあって、そこに全力の愛を注いでいる人の姿は見ていて気分が良いものだ。
いやまぁ、ターゲットを自分に向けられると困ってしまうのだが。
***
時刻は午前十時。
知世と花奈は秋葉原に来ていた。
大宮にもアニメショップはあるのだが、せっかくだからとサブカルチャーの聖地である秋葉原まで足を運んだのだ。大宮駅から電車で四十分。わりと移動時間がかかるのもあって、知世が秋葉原に降り立つのは随分と久しぶりだった。
「わあぁ」
電気街口の改札を出るなり、花奈は感嘆の声を漏らす。
声には出さないものの、知世も一緒になって驚いてしまった。駅ビルの壁にアニメキャラクターのラッピングが施されているのだ。こんなにも早くオタク街らしい光景が見られるとは思っていなくて、知世と花奈と顔を見合わせてしまう。
「嬉しそうだね?」
「う……。だって、アキバに来るの初めてなんですもん」
「そうなんだ? アニメショップには行ったことがあるって言ってたから、アキバにも来たことがあると思ってた」
「大宮のお店に時々行くくらいなんです。だから、その……」
花奈はそわそわと視線を彷徨わせる。
相変わらずわかりやすい反応をする女の子だ。
「テンション上がっちゃうね」
「……知世さんもですか?」
「うん、私も柚木園さん……いや、雫さんを知ったばかりだからさ。初めて触れることばかりで楽しいよ」
知世が頷くと、花奈は「あっ」と声を弾ませる。
もしかしなくても、知世が「雫さん」呼びをしたせいだろう。
「私も雫さんって呼びたいです!」
はいっ、と手を挙げて宣言する花奈に、知世は顔を綻ばせる。
「雫さんって呼ぶ方がおとな木さんへの一歩って感じがするよね」
「おとな木さん……って、雫さんのファンの呼称でしたっけ?」
「そう。ファンクラブが『柚木園ツリーハウス』だから、そこが由来みたい」
「なるほど…………お母さんに相談しなきゃ」
ぼそり、と花奈は独り言ように呟く。
彼女はきっと「ファンクラブ」の部分に反応したのだろう。
実際問題、知世もファンクラブについては悩んでいるところなのだ。入会するか否か、ではない。どのタイミングで入会しようか、である。
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