1-6 推し活計画
思った以上に単刀直入な言葉が零れ落ちる。
同時に、花奈は息を呑むような表情をこちらに向けた。数秒間の沈黙のあと、花奈は一歩だけ知世に近寄る。
「はい」
花奈の返答もまたシンプルなものだった。
まるで息をするような自然な頷き。重なる視線は二人の時間を止めてしまうかのように長く感じられた。
だけど、違うのだ。
こんな無音の時間でさえも、知世にとっては大きく動き出しているように感じている。嬉しい気持ちがじわりと滲み出てしまって、知世はやがて笑みを零した。
「私、結構突拍子もないことを言ったつもりなんだけどな」
「そうですか? それにしては自信満々な顔をしてますけど」
「そ、そう……?」
花奈の指摘に、知世は戸惑いながら自分の頬に触れる。
恥ずかしい。
素直にそう思った。
「あの、これですよね。クリスマスイブにある十周年記念ライブ。今、見切れ席の抽選中なんですよね」
言いながら、花奈は自分のスマートフォンを見せてくる。
プレイガイドの先行抽選申込みのページだ。
「もしかして、花奈ちゃんも」
「はい。ライブ、私も知世さんを誘おうか悩んでいたところだったんです」
「そっか」
まさか花奈も同じことを考えていたなんて。
昨夜感じた「何かが始まる予感」は、決して知世だけのものではなかったのだ。
運命だ――なんて言うと大袈裟だと思われるかも知れない。指を差されて笑われるかも知れない。
でも、花奈の瞳は真逆の色をしていた。
「知世さん、ありがとうございます」
「……ん、何が?」
「私一人じゃ勇気が出なかったので。……私、ライブとかアニメ系のイベントとかは一度も行ったことがないんですよ。なので、実はちょっとだけ緊張してるんです」
言って、花奈は「えへへ」と照れ笑いを浮かべる。可愛い。頬を掻く仕草までプラスされている。
反則だ。大学生の自分がやったらただのあざとい人間になってしまうことだろう。
「やっぱりそこだよね。……あぁいや、可愛さとあざとさの境界線の話じゃなくて」
「……何の話ですか?」
「うん、ごめん。すっごく大きい独り言だった」
きょとんとしている花奈の姿も愛らしいが、このままでは話がループしてしまう。
知世は誤魔化すように咳払いして花奈を見据えた。
「私もライブって行ったことがなくてさ。そこが問題だなって」
「ですよね。私、声優さんは好きなんですけど今まで特定の推しがいる訳じゃなかったんですよ。ずっと推し=二次元キャラだったので」
「……へぇ?」
「あ。ひ、ひとまず二次元の推しのついてはスルーしてもらえますか?」
花奈の頬がみるみる朱色に染まる。やっぱり可愛い。
ついつい彼女の頭に手が伸びてしまうというものだ。
「ごめんね、冗談だよ」
「…………あ、のぅ」
ガチ照れである。
俯き、きょろきょろと目を泳がせてしまった。顔はもちろん赤いままだ。髪を撫でるのは少々やりすぎだっただろうか?
「私ももう中学生なので、そういうのは」
「そ、っか。……ええと、それで本題なんだけど」
花奈の困ったような視線から逃げるように、知世はローテーブルの上に伏せていた一枚の紙を取り出す。
「まだチケットが当たるって決まった訳じゃないからあれなんだけど、一応柚木園さんのライブに行くための計画みたいなものを考えてて」
若干早口になりながら、知世はその紙を花奈に見せる。
――推し活計画。
と、見出しにでかでかと書かれている。
ちょっと子供っぽいかな、と不安には思った。
だけど知世と花奈はまだ声優アーティスト・柚木園雫を知ったばかりなのだ。加えてライブなどのイベントにも参加したことがない。何もかもが初めての状態で早速ライブへ、というのはなかなかにハードルが高いものだ。
しかし、自分達にはまだライブまで一ヶ月近くの余裕がある。
初めてのライブ参戦へ向けて、少しずつ柚木園雫を知っていけるはずだと思った。
「…………どう、かな?」
推し活計画をじっと見つめる花奈に視線を向け、恐る恐る訊ねる。
知世の考えた推し活計画はこうだ。
その一、アニメショップで柚木園雫に関するグッズをゲットする。
CDや出演作品のグッズなど、手元にあるだけで気分は高まるものだろう。知世にとってはアニメショップに行くことすら初めてだし、アニメ業界を知るという意味でも良いかも知れない。初めの一歩としてもピッタリな選択だろう。
その二、柚木園雫の出演作品のコラボカフェに行く。
知世にとってはコラボカフェも初めて……という訳ではなく、一度だけ有名なゲームのコラボカフェに行ったことがある。その時は友人に誘われて行ったのだが、キャラクターをイメージした料理や内装にはいちいちテンションが上がったものだ。雫を好きになったばかりの自分達には良い刺激になるだろう。
その三、リリースイベントに行く。
雫もラジオ内で告知をしていたが、新曲の発売を記念したリリースイベントが全国七ヶ所で開催されるらしい。東京の日程は十二月九日。内容はトークイベントで、ラジオの公開収録がメインなのだという。更にはCD購入特典でお渡し会もあるらしく、推し活自体が初めての知世にはドキドキのイベントになりそうだ。
その四、聖地巡礼に行く。
聖地巡礼。話には聞いたことがあるが、これまた知世の人生の中で触れたことがないものだった。雫の出演作品のモデルになった場所に行ってみても良いし、雫の楽曲のジャケット写真やMVに使われた場所に行ってみるのも良いかも知れない。そこは叔母の晴子とも相談しつつ行き先を決めるのが良いだろう。
その五、ライブに行く。
そして最後はライブである。知世も花奈もライブに参加した経験がない。知世に至ってはライブ映像ですらほぼほぼ見たことがないレベルだった。強いて言えば音楽番組や朝の情報番組でちらっと見るくらいだろうか。だからこそ偶然出会った雫のライブ映像は衝撃で、こうしてライブに行くための計画を立てている訳なのだが。
「知世さん」
ややあって、花奈が知世の名前を呼ぶ。
「こんなにも楽しそうなこと、本当に良いんですかっ?」
彼女の胡桃色の大きな瞳は、どこまでも眩しい希望色に染まっていた。
果たして自分がどのタイミングで頷いたのか。それすらわからなくなるくらい、ふわふわとした気持ちに包まれる。
ただ、心が震えるのを感じた。
花奈との不器用だけどまっすぐな距離感も、初めての『好き』に足を踏み入れる感覚も。全部が全部、知世にとっての特別になって溶けていく。
「よろしくね、花奈ちゃん」
「はい」
そっと手を伸ばすと、花奈は躊躇いなく握り締めてくれた。
どうやら手を繋ぐという行為は花奈の言う「もう中学生なので」には当てはまらないらしい。
思わずふふっと笑うと、花奈も瞬き多めに
こうして、知世と花奈の『推し活計画』が幕を開けた。
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