3-2 二人の壁
黒髪のゆるふわロングヘアーに姫カット。
縁なしの丸眼鏡がトレードマークで、周りをふわっとさせるようなマイペースな性格なのが亜矢乃の特徴だ。
「どったの? もしかして知世ちゃんもお買い物~?」
「……いや、そうじゃなくて。今日は従妹と一緒で」
「あ! この子が噂の従妹ちゃんなんだね?」
中腰になりながら、亜矢乃はまっすぐ花奈を見つめる。
「初めまして。私、知世ちゃんと同じ大学に通ってる石河亜矢乃って言います~」
「あ、えっと、従妹の雛倉花奈です。よろしくお願いしますっ」
「花奈ちゃんかぁ。よろしくね」
あまりにも知世の友人との対面が唐突だったからか、花奈は直立不動でカチコチに固まってしまっていた。
きっとお渡し会の緊張も混ざっているはずだ。亜矢乃には悪いが、そんなに長く立ち話をしている訳にはいかない。
――の、だが。
知世には一つだけ、どうしても気になってしまうことがあった。
「ところで亜矢乃。……その服、似合ってるね」
「え? 服って…………あっ」
ビクリ、と。
亜矢乃はまるで花奈の真似をするように背筋を伸ばしたまま動かなくなる。
彼女は今、薔薇のレースが印象的な黒いゴシックロリータなワンピースに身を包んでいた。メイクも普段のナチュラル系とは打って変わって地雷系だ。
「……あの、ねぇ。これはその、ねぇ」
「良いね」
「へぇっ?」
「凄く似合ってる。可愛い。大学で会う亜矢乃と今の亜矢乃、私はどっちも好きだよ」
亜矢乃が戸惑っているのはすぐにわかった。
ここで亜矢乃と会ったのは本当に偶然で、亜矢乃はつい「あ、知世ちゃんがいる~」というノリで声をかけてくれたのだろう。でも亜矢乃には亜矢乃だけの趣味の時間があって、知世にもやっと見つけた好きなものがある。
亜矢乃には趣味があって良いな、なんて思う自分はもういないのだ。
「……私、ね。本当はこういう服が好きなんだぁ。今日もゴスロリ系のお店を巡ってたの」
「そっか。…………ねぇ、亜矢乃。私も推しができたんだよ。声優さんで、柚木園雫さんっていう人。今日はそこでイベントがあるから、花奈ちゃんと二人で見に来たんだ」
「そうなんだ。それはとっても素敵だねぇ」
亜矢乃の笑顔から徐々にぎこちなさが薄れていく。
嬉しかった。きっかけはただの偶然かも知れないけれど。今この瞬間、これまで踏み込めなかった壁を壊すことができたような気がしたから。
「でも私、二人のお邪魔になっちゃったかなぁ……?」
「そんなことないよ。むしろ、ここで会えて良かったと思ってるから」
「……うん。私も今、すっごく嬉しいよ。知世ちゃんとお話したいこと、たくさんできちゃったなぁ」
「そうだね。また学校で話そう」
亜矢乃は大学の友人だ。世間話はよくしていたが、これからは自分達のことを話していきたい。亜矢乃とそんな間柄になれたのが嬉しくて、知世は自然と微笑みを零していた。
「ごめんね。リリイベ前で緊張してる時だっていうのに」
亜矢乃と別れるや否や、知世はすぐに花奈と目を合わせる。
さっきはすっかり花奈を置いてけぼりにしてしまった。申し訳なくて、ちょっとだけ恥ずかしくて、知世は花奈に頭を下げる。
「大丈夫ですよ。むしろほっこりしました」
「……ほっこり、か」
年下の女の子に「ほっこり」なんて感想を言われてしまうと、ますます気恥ずかしくなってしまう。
思わず苦笑を浮かべると、花奈に小さく「可愛い」と囁かれてしまった。「やめて」と「恥ずかしい」が加速していく。からかわれるのには慣れていないのだ。
「あ、ほら花奈ちゃん。莉麻ちゃんと咲間くん、そこに並んでるみたいだよ。私達も早く並ぼうか」
話題を逸らすように、知世は列を指差す。
前の方には宍戸兄妹の姿もあり、向こうもちょうど知世達に気付いたようだ。互いに手を振り合ってから、知世は花奈とともにCD販売列に並び始めた。
***
無事「優先観覧エリア入場券」と「お渡し会参加券」を入手した知世と花奈は宍戸兄妹と合流する。
この四人で会うのはまだ二回目だ。なのに早くも馴染みの四人組感が漂っていて、不思議な感覚に包まれる。
「そういえば、二人は武道館のチケット取れたんだよね。だったらお祝いがてらケーキでも食べる?」
腕時計を確認しながら提案してくれたのは咲間だ。
今日も今日とてスタイル抜群なのに、身にまとうのは柚木園雫のライブTシャツ。相変わらずクールな容姿とのギャップに驚いてしまうが、これが宍戸咲間という人間なのだろうと納得してしまう自分もいた。
「うわ天才。流石はあたしの兄貴。イベント開始までまだ一時間以上あるもんね。ちょうど良いんじゃない?」
得意げな笑みを浮かべながら同意するのは莉麻だ。
バターブロンドのツインテールは彼女の天真爛漫さを表わしているかのようで、一気に彼女のテンションに引き込まれる。ちなみに咲間と色違いのライブTシャツを着ていて、まるでペアルックのようになっていた。
「わざわざそんな。……良いの?」
「もちろんだよー。むしろあたしらが甘いもの食べたいって感じだし。それに、この辺でじっとしてても緊張が増すだけだし」
「いつもの莉麻みたいにね」
「ちょっ、やめてよ二人の前で! あー……、いやもう遅いか。雫さんの前で緊張しちゃうのは皆同じはずだし。ね?」
必死に同意を求められ、知世と花奈はコクコクと頷く。
実際、リリースイベント前に宍戸兄妹と過ごすことができるのは助かるのだ。花奈と二人きりだと「どうしよう」が止まらなくなるに決まっている。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
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