2-9 眩しさの中に
「…………」
皆、嬉しそうだ。
他の客の迷惑にならないように小声になりながら、あーでもないこーでもないとジャケット写真を再現しようと奮闘している。
だけど、自分だけが冷静になっている訳ではないことはもうとっくにわかっていた。自分は基本的にローテンションで口数もそんなに多い方ではない。
だけど心の中では「わあっ」となっているし、楽しくて仕方がない。
「知世さんもほらっ、雫さんっぽく座ってみてくださいよ」
「言われなくてもやるよ。……改めて雫さんっぽくって言われると難しいけど」
「知世さん、顔が赤いですよ?」
「……料理を撮るのはよくやるけど、自分が撮られるのは慣れてないから」
まっすぐな花奈の視線から逃げるように目を逸らしてから、知世はジャケット写真で雫が座っている席に座る。雫
と同じようにアンニュイな表情を作り(果たしてちゃんとできているかどうかは謎だが)、花奈達が写真を撮る。
花奈と莉麻と咲間、三人に見られていると思うと恥ずかしい。だけど雫が好きな三人と一緒だからこそ楽しく感じられるのだと思った。
四人で七色のクリームソーダを飲み(知世は紫色+花奈と水色のクリームソーダを分け合った)、その後は宍戸兄妹が雫のサインがあるのを教えてくれた。
喫茶店のレンガ造りの壁は自由に落書きができるようで、数ある著名人のサインの中に雫のものもあるのだ。店員に話すとすぐに案内してくれて、雫のサインも記念に撮ることができた。
(クリームソーダ、綺麗だったな)
知世は元々映えるカフェが好きだ。
だけど今は、まったく種類の違うドキドキが包んでいて。
――二人とも百合子さんのコラボカフェで凄く楽しそうにしてたからさ。
ふと、咲間の言葉が頭によぎる。
でもそれは宍戸兄妹だって同じだ。好きなものを心から楽しそうに語る姿も、知世と花奈の初々しい反応が嬉しくてたまらないという姿も。ただ眩しいだけじゃなくて、じわりと胸が温かくなっていた。
「あっ」
宍戸兄妹と連絡先を交換してから別れ、花奈と二人で大宮まで帰ってきた。
駅の外に出ると、知世はピタリと足を止める。
「どうしたんですか?」
「チケットの当落、もう出てる時間だと思って」
「! 本当だ、五時過ぎてますね」
時刻は午後五時十分。どうりで空が暗いはずだ。
今日は二人が申し込んだ武道館公演の見切れ席の抽選結果が発表される日だ。発表時間は午後五時。すでに結果は出ている訳だ。
「ど……どうでした……?」
通行人の邪魔にならないように駅前広場のベンチに座ってから、知世はゆっくりとスマートフォンを取り出す。
すでにメールは届いていて、「抽選結果のお知らせ」の文字が目に入った。
「花奈ちゃん」
「は、はいっ」
花奈の上ずったような声が聞こえてくる。
知世スマートフォンの画面を見せ、優しく微笑んでみせた。
「一緒に楽しもうね」
花奈の口が薄く開いている。
ぽかん、というよりも、ぽわわん、と表現すべきだろうか。ただ唖然としている訳ではなくて、じわりとじわりと喜びが紛れ込んでいるような絶妙な表情だった。
「あ、あのっ、何で笑うんですか?」
「……いや、面白い顔だなって」
「…………」
無言でむくれる花奈。
むう、という言葉が似合ってしまうほどに不服そうな顔だ。さっきからずっと可愛くて、ついついニヤニヤしてしまう。
「そんなことよりもっ」
「あ、逸らした」
「うぅ……何ですかもう。今は喜ぶ場面のはずなのに」
「ごめんごめん。嬉しいね?」
小首を傾げながら問いかけると、花奈は静かに頷く。
昨日は初めてアニメショップに行って、今日はコラボカフェに行って、宍戸兄妹と出会って、早くも聖地巡礼を果たしてしまって。着々とライブに向けて動き出しているのに肝心のチケットが外れてしまっては元も子もない。
だから安堵の気持ちが強いはずなのに。
柚木園雫のライブに行ける。
その事実に、ただただ喜びを感じてしまった。
「ところで知世さん。……少し、相談があるんですけど」
「ん、どうしたの」
「その、私……」
弱々しく呟きながら、花奈は何故か鞄から財布を取り出す。
わかりやすく眉根を寄せ、ちらちらと知世の様子を窺った。
「もしかして、『グッドモーニング』?」
「えっ」
「あ、やっぱりそうなんだ」
驚いたように瞳を瞬かせる花奈に、知世はふふっと笑みを零す。
「私も欲しいなって思ってたんだよね。今日の経験を思い返すと、むしろ買うしかないと思って。だから買っちゃおっか」
大宮にもアニメショップがあることを思い出しながら、知世は何でもないことのように言い放つ。それくらい、今日の聖地巡礼が楽しかったのだ。
「良いんですか?」
「もちろん。今日の思い出としてお姉さんが買ってあげるよ」
「いや、そこは割り勘でお願いします」
「ん、そっか。了解。……二人で一つのCDを買うなんて、ますます思い出って感じがして良いね」
少なくとも、花奈と出会っていなければできなかった経験だ。
そう思うと自然と笑みが零れるし、「はい」と気恥ずかしそうに頷く花奈は眩しい。
きっと、自分もその眩しさの中にいるのだろう。
知世はそっと、自分の中の『空っぽ』が満たされていくのを感じていた。
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