七月二十一日 午後

第31話 突然のお別れ

 しばらくして、二戦目の別の中学校の試合が始まった。


 そのまま試合は続き、午前のプログラムは終了して昼休憩の時間になった。


「結構ドキドキしたね」


 どの試合も見ていて緊張感があった。

 結局その後も夢中で観戦し、なかなか充実していた。


 昼休憩ということで昼食を取りに行く人々が観客席からぞろぞろと出て行った。


「誠也、どうする? どこかへお昼買いに行く?」


 真夜が誠也にそう話しかけた時、誠也はこう言った。


「真夜、ちょっと早いけど帰ろうか」

「え?」


 突然の言葉。誠也のここでもう帰ろうという発言。


「どうして? まだ午後の試合あるよ。なんでいきなり?」


 大会は夕方まで続く、ということは午後の部がある。


 てっきりこの大会が終わる時間まで最後まで一緒にここにいるものだと思っていた。


 この日で誠也と会うことができるのは最後なのに、いきなり予想もしない言葉。


「どうしてなの? 午後は花芝中学校の試合あるでしょ? 誠也の母校じゃないの?」


 午後のプログラムの最初は誠也の母校だ。なぜ自分の母校の試合を見ようとしないのか


「ほら、夕方まで一緒にいるとお別れが辛くなるだろ。大会が終わって、もうこれで帰るってなると、そこで本当に寂しくなったりするかもしれない。だったらまだこういう場所で別れれば、明るい気持ちでさよならできる」


 誠也の言っていることはわかるようでわからない。


 確かに全ての試合が終わって大会が終わると、その幕が下りる雰囲気で『終わっちゃった』という気持ちになり、その雰囲気で別れるのは名残惜しくなってしまうかもしれない。


 それならばまだ大会の真っただ中で気持ちが明るいうち別れた方がいいのではないだろうかという気持ちなのか。しかし真夜は納得できない。


「嫌だよ……!せめてもう少しくらいいようよ」


 こんなあっさりした別れなど嫌だ、という気持ちが強い。


 大会の真っただ中だというのに、こんなに中途半端な時間に突然さよならだだんて嫌だ。


「真夜、あまり一緒にいるときっと別れが辛くなる。ここですんなり帰った方がいい。君がここに残りたいなら残ればいいさ。でも俺は先に帰るから」


 まるで突き放すかのような言い方だ。


 突然帰ると言い出し、真夜がそれを引き留めようとするのを拒んでいるかのうような冷酷さも感じる。


 誠也はすくっと席から立ちあがり、リュックを背負った。


「じゃあね真夜。元気で」

「ねえ、待って……」


 そのまま誠也は足を止めることもなくさっさと出口へと歩いて行った。真夜は突然のことでその場で固まった。

 最後だというのにろくにお別れの挨拶もせずに、さらりとしたあっけない別れだった。感動の別れがあるのかと思いきや、あっさりとした別れだった。


「あ……」


 この時、真夜には一年生の終わりの惟子との別れがフラッシュバックした。


 あの時もこんな感じのあっさりしたお別れだった。


 会えるのは最後だというのに、一緒に帰ることもなく、惟子は部活仲間が送別会を開いてくれるからと、惟子はそこへと行ってしまった。


 もう二度と会えなくなるかもしれないのに、惟子ともこんな形だったのだ。


 感動の別れがあるのかと思いきや、あっさりとした別れだった。


 しかし、真夜と誠也が一緒にいたのはほんの短い間だけだ

 誠也に出会ってから、彼とこれまで一緒にどこかへいったとはいえ、誠也と会ったのはほんの二週間前だ。


 二週間前に会ったばかりで、しかも日を空けて会っていたのだから毎日顔を合わせていたわけでもない。


 せめて誠也とはもう少しドラマみたいな感動的な別れを期待していた。


 しかし長きにわたる付き合いのある友人のような関係になれたわけじゃない。

ほんの二週間だけ、実際に会ったのは数日だけだった相手に、わざわざ感動の別れなど必要ないということなのかもしれない。


 心の中で様々が思いが交錯する。誠也との別れがまるで突然突き放されたようでショックだった。自分との関係は所詮そこまでだったという現実を見せられた気持ちにもなった。


 誠也にとっては真夜は所詮一時的な遊び相手なだけだったのかもしれない。


 『これでいいの?』という気持ちが混ざり合う。


 確かにこの日に大会が終わるまで一緒にいて言葉を交わしたりしたら余計別れが辛くなる。


 こうして簡易な別れにして、一時的な思い出ということでこれからはそれぞれの生活をしていった方がいいのかもしれない。


 ある意味これが一番いい方法なのではないかと自分に言い聞かせなければならない、と思った。


 そう考えなければ辛くなってくる。誠也にとって、自分はその程度だったのだと。


「そうだよね、仕方ないよね……。誠也だってこれからは自分の生活あるんだから……」

 必死で心の中でそう唱えた。


 誠也がいなくなるのなら自分もここにいる意味などないと感じた。


 誠也と一緒に会えるチャンスだというから興味もなかった部活の大会の観戦に来たというのに、その誠也が先に帰ってしまうというのだ。


 それならばこんな場所にいても意味がない。


 真夜は荷物を持って、観客席を出ることにした。

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