第33話 お願い、やめて
誠也が持っていたのは煙草を吸う時などに使う、小さいオイルの入ったライターだ。
小さいとはいえ発火性のある危険物である。
何をしようとしているのか。真夜は恐ろしくなった。
「誠也!」
真夜は思わず、飛び出した。何かこれから恐ろしいことが起きるのではと。
「何してるの誠也……そこ、選手控室だよ? それに何それ……」
声がぶるぶる震える、いつもの誠也ではない。
「なんだ真夜、まだ帰ってなかったのか」
その声はやけに冷静な声色だった。そして目つきも全然違う。
真夜はあまりの誠也の豹変ぶりに驚きを隠せなかった。
誠也が冷酷さを秘めた鋭い目つきになっていた。
その目には怒りの炎が燃えているように見える
こんな誠也は見たことない。まるで殺気立っているようにも見える。
あまりの恐ろしい視線に、真夜は足が震えた。
「早く帰りなよ。じゃないと別れが辛くなるだろ」
平然とそう答える誠也がまた恐ろしい。
「だって、あなた様子がおかしいんだもの」
誠也は何を持っているのか、何をしようとしているのか。
謎の液体に、ライター。
ライターは何かに火を付ける為に使用される道具だ。なぜそれを今持っているのか。
屋内でライターといえば煙草などを吸う時に使うかもしれない。ここは火気厳禁のはずだ。
しかも誠也は未成年だ。煙草を吸うところなんて見たこともない。
「まさか……」
真夜は誠也のやろうとしていることをなんとなく察した。
「このライターで、ここに火をつけてやる」
誠也は恐ろしい言葉を発した。
放火するのに、可燃性の液体をまいて、火をつければ燃え上がる。
もしも誠也が持ってるペットボトルの中身がそういうものだったりしたら、と。
「まさか、それ……ガソリン?」
以前、放火殺人のニュースが話題になっていた。
屋内でガソリンをまきちらし、火をつけると気化爆発でたちまち大火災になる放火事件。それで大勢の人々が亡くなった。
「違う、ライターオイルだ。ガソリンは未成年の俺じゃ買えなかった。今はガソリンを買うのも規制とかで厳しい時代だからな」
ガソリンでなくても、やはりそれは可燃性の液体だ。
間違いなく誠也はこれから放火をしようとしているのだと確信した。
「なんでこんなことをしようとするの!?」
真夜は声を荒げた。目の前の人物が恐ろしいことをしようとしてると動揺を隠せなかった。
「何考えてるの!? それって犯罪だよ! こんなところでそんなことしたら大変なことになるよ! やめてよ!」
もう何を言ったらいいのかわからない、真夜は興奮して誠也に問い詰めた。
しかし、誠也はやけに冷静だった。
「復讐の為だよ」
そう告げた誠也の瞳はかつてないほどの恐怖を感じる色だった。
「復讐って……?」
「妹を殺した、あいつらへの」
誠也は妹が自殺で亡くなったと言っていた。
それはかつて妹が所属していた部活でのトラブルが原因だということだ。
「まさか……」
今日は市内の中学校の女子バスケットボールの大会。誠也の妹はバスケ部だったと以前聞いた。そして今日は誠也の母校である花芝中学校も出場している。
誠也の妹は一年前に亡くなった。その時の誠也の妹は現在の真夜と同じ年の中学二年生だったらしい。
となるとその頃一つ上の誠也は妹の亡くなった年は中学三年生。妹の同級生はその時は二年生だったはずだ。
その一年後の今はその妹の同級生達は三年生である。引退試合がある。今日はバスケ部の三年生の最後の大会の日。
誠也がこの日を指定した理由。真夜はすべてのパズルのピースがはまった気がした。
「そうだ。今日は妹をいじめたあいつらの引退試合だ。さっきあいつらが会場に入っていくのが見えた。だから美香をいじめた当事者だったあいつらもこの中にいる。だからここに火をつけてやるのさ。俺はこの日の為にずっと用意してきたんだ。七月二十一日、この日は市内の中学校のバスケットボール部の大会がある、つまり俺の母校の花芝中学校のバスケ部も出場する、それを知っていたから。この日がチャンスだって」
やけに冷静な口調で淡々と恐ろしいことを述べる誠也が恐ろしくなった。
「な、なんで……」
「妹が死んだ後、あいつらは学校生活を楽しんでいた。二学期が始まって、美香がいなくなった後、俺は三年生でまだあいつらと同じ中学校にいた。だから見てたんだよ。毎日の部活動、文化祭も、体育祭も、合唱コンクールも、あいつらは何事もなくそれらに参加して楽しそうに学校生活を謳歌してたんだ」
誠也の今の目の奥は怒りの炎が燃えているように見えた。
「文化祭や体育祭の時、俺はあいつらが楽しそうにしてる姿を見てむかついたよ。妹を死なせたくせに、あいつらはいじめを認めてなくて、何事もなかったかのように過ごしていた。それが許せなかった。美香はもう学校行事に参加することはできなくなったのに、なんであいつらはそれで楽しそうにいれるんだって。憎かった。許せなかった。あいつらは人の未来を奪っておいて、自分達は未来に向かってのうのうと生きてるんだ」
誠也の声には次第に怒りがこもっていく気がした。
「だから、これがチャンスだと思った、あいつらが三年生での部活引退試合っていう、一番の盛り上がりの時を潰してしまえば最高の復讐になるってな。なんならあいつらに火傷でも負わすことができればいいって」
「怪我どころか死んじゃうかもしれないんだよ!? 人まで殺す気なの!?」
「あいつらだって、俺の妹を殺した。しかもそれでいてあいつらは罪に問われていない。そんなのって不公平だ」
「そんなのおかしいよ!」
「俺はこの日の為にずっと準備してたよ。お金をおろして、ネットでオイルを買って親にばれないようにってこそこそしてて。昼間に真夜と会って、早めに家に帰って、それでこつこつと準備をしていた。七月に入って急に学校を休んでばっかりだと不自然に思われそうだから、二日に一日は学校に行って怪しまれないようにしていたけど」
誠也が学校を休みがちだった理由はこれだったのだ。
平日の昼間という行動しやすい時間を狙って、裏で作戦の為の準備をする。
昼間は真夜に会っていたが、毎回早めの解散だった。
午前に会い、昼食を食べたりしたが、それでもまだまだ昼下がり真っ最中には解散していた。
そもそも真夜に会っていたのだって午前十時頃だった。では朝からその時間までは何をしていたのか。
学生ならば普通はまだ学校に行ってる時間帯に。
だからといって完全にずっと休んでいると、何を考えているのかと家族や学校に怪しまれる。
なので完全に学校へ行かないのではなく、二日に一日は行っていた。だから真夜と会うのはいつも二日後だった。あえて学校に行く日を作る為に。
全てはこの日の為に計画を動かしての行為だったのだ。
「こんなことしたら犯罪だよ! 逮捕されちゃうんだよ! そしたら生活はどうなると思ってるの!?」
「俺はどうせ放火を起こせばまともには生きていけない犯罪者になるだけだ。俺が犯罪者になれば壊れかけた家庭の俺の家族だって困る、それも復讐だ。あいつらへの復讐もかねて、妹が死んで狂った俺の家族も犯罪者の家族ってことにして困らせることができる」
「やめようよ、誠也。こんなことしたってなんにもならないよ。お願いやめて」
「止めても無駄さ。俺はこの日の為にずっと用意してきたんだ。七月二十一日、この日は花芝中学校のバスケ部の試合がある、それを知っていたから」
誠也はそれを知っててこの機会を狙っていたのだ。
「ねえ、やめようよ。今それを諦めれば何もしないだけで誰も誠也がやろうとしたことなんてわからないよ。何も起きなかったことになるよ」
「だめだ」
そう言うと、誠也は驚くべき行動に出た。
誠也は素早くペットボトルの蓋を開けて、中の液体をバシャッと自分の全身に振り注いだのだ
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