第34話 なんとしても止めなきゃ
ぷん、とオイル特有の臭いが辺りに広まる。
誠也の身体はオイルが滴り、ずぶ濡れになった。床下にもオイルが一面に飛び散り、床をつたってみるみる広がっていく。
「何? 何をしようとしてるかくらいわかるだろ?」
今火がつけばどうなるか。
誠也はあっという間に火だるまだろう。
「死ぬつもりなの!? そんなことをしたらあなたが死んじゃうんだよ!?」
「それがどうした? 俺がここで死ねばあいつらへの復讐になる。妹を殺したことに、これだけ俺が怒りや憎しみを抱いていたってことをあいつらに伝えられる。このくらいしなきゃあいつらは自分の罪の重さに気づけない」
それはつまり事の重大さを見せつける為にやっているのだろう。
自分がここで死ねばそれだけの重さがあったと見せつけることができる。命を使ってでも妹へしたことへの最大の復讐としての当てつけになる。そして自分も死ねればそれで容疑者死亡による死に逃げという形で罪に問われない。
もう自分が死ぬ覚悟でやっている。復讐を兼ねて、最初から自分もここで死ぬつもりだったのだ。
たった今の行為で、その意思が本気だったということが目でもわかる。
誠也が自分ごとここへ火をつけようとしているのは本気なのだ。
「真夜。早くここから逃げなよ。君がここから離れる時間までは待ってあげる。君まで巻きこみたくない。さあ、早く。早くここから離れるんだ」
誠也の手にはライターが握られている。
自分が離れたら間違いなく誠也はここで火をつける。
「ダメだって、やめてってば!」
今これを止められるのは自分しかいない。
すぐにそのライターを奪わなければならない。
真夜は飛び掛かるように誠也の腕を掴もうとした。
「あっ……!」
しかし真夜は誠也の足元に広がるオイルに足をとられ盛大に滑った。
そして誠也をも巻き込んで二人で大きく転倒する。
「何するんだっ!」
真夜の身体にもオイルが付着した。これではもしここで火がついたら自分まで巻き添えである。
これでは下手すると心中することになりかねない。
「危ないだろ。巻き込まれたいのか?」
誠也は自分の身体の上から真夜をどかすために起き上がろうとした。
しかし、真夜はひるまない。必死で誠也を抑え込む。ここでなんとしても止めなければならない。
「ダメだよ誠也! 本当にやめて!」
必死で抵抗して、バチン、と誠也の手からライターをはじき落とした。
「くそっ」
誠也は落としたライターを拾おうとした。その腕を掴んで制止し、そのまま揉め合いになる。
こうなれば最後の手段だと真夜は大声で叫んだ
「誰か、誰か来てー! 誠也を止めてえ!」
無我夢中で真夜は叫びをあげた。誰かに来てもらわなければならない。誠也を止めてもらわねばならない。大声で叫んだ。
「真夜、静かにしろよ……!」
「早く! 誰かここに来てえ! 誰かぁー!」
真夜の大声を聞いてかけつけてきたのか、通路をばたばたと走って来る足音があった。
「どうしたんですか? 誰かいるんですか!?」
スーツ姿のこの施設の職員らしき大人の男性と女性の二名が二人で走ってきた。
「君達、どこの学校の生徒だい? 今日の試合の関係者かい?」
男性職員は二人にそう聞くが、誠也の姿を見て驚愕した。
「君っ! どうしたんだい! なんで濡れてるんだ!? これは……こ、この臭いは!」
男性職員はオイルの臭いに気が付いたのだろう。
そして二人の傍にはライターが落ちている。
この状況なら何をしようとしていたのかは、すぐにわかってしまう状態かもしれない。
これでは誠也のやろうとしていたこともすぐにばれて騒ぎになるだろう
外の騒ぎを聞いて控室のドアが開いた。
「どうなさったんです? さっきから騒がしいんですけど……」
ジャージ姿の女性が控室から出てきた。この控室を利用している女子バスケ部の顧問教師だ。
先ほどからの喧騒が気になったのだろう。
「あら? あなたは去年までうちの中学校にいた池崎くん? 卒業生のあなたがなんでここに?」
女性教師は誠也を見てそう言った。
誠也も一年前まではこの教師と同じ中学校にいたのだからこの教師も誠也のことを知っていたのだ。
それに、誠也はこの顧問教師の受け持つバスケットボール部の元部員だった生徒の兄だ。
よりによって誠也のことを知ってる人物に会ってしまったのはバツが悪い。これでは誰がこんなことをしたのか身元がすぐにわかる。
「くそっ、バレたか」
誠也は真夜を振り払うように、どんと突き飛ばす。
「いたっ!」
真夜は勢いよく尻もちをついた。
誠也は凄い勢いでその場から走り出した。
「待ちなさい君!」
誠也は職員の制止の声を無視して逃げていった
「誠也、待って!」
こうしてはいられない。
真夜もまたすぐに立ち上がり、走る姿勢になった。しかし、起き上がろうとした瞬間、またもやオイルのぬめりで大きく滑って転んだ。
「ちょっとあなた、大丈夫!?」
女性職員がそう聞くが、そんなことかまってられない。
(今誠也を一人にしちゃダメ!)
真夜は再び立ち上がり。オイルがしみた靴を脱ぎ捨てた。
裸足になればまだ足にオイルはついていないのだから滑りにくくなる。
「待って誠也!」
足に何かが刺さるとか怪我をするだの気にしている場合ではない、今は誠也を追わねばならない。
「待ちなさい君達!」
男性職員が真夜の腕を掴んだ。しかし、真夜は振り払った。
もう職員の声は今は無視するしかない。
職員の制止を振り切って、真夜もまた走り出した。
誠也はロビーに集まった人々乱暴に押しのけるようにその中をつっきって逃げて行った。
全力疾走する誠也を見てロビーのいた人達がなんだなんだと騒ぎ始める。
誠也に押されたり突き飛ばされて「何あの子!」とざわめく声もする。
そして「なんだこの臭いは!?」と叫ぶ人々もいた。
誠也が走ったことでその通りに道には誠也にかかったオイルが垂れていった。
オイルの臭いがすることで異臭騒ぎも始まった。
あっという間に大騒ぎとなっていた。
しかし、今の真夜にはそれに耳を傾けてはいられず、真夜も申し訳ないとは思うが人々の間を突っ切っていった。
玄関を出ると、真夜は誠也を追いかける為に、走るよりも自転車がいいだろうと駐輪場へ向かった。
どうやら誠也も逃げる為に同じ手段を使ったのかそこに誠也の自転車はすでになかった。
自分の自転車を見つけると、素早くポケットから鍵を出して解除して自転車にまたがる
「誠也、絶対に逃がさないからね!」
今、誠也を見失ってはいけない、追いかけねばならないと強く思った。
真夜は自転車をこいで駐輪場から出て、誠也の後を追った。
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