第32話 見つけた彼の姿、そして
観客席を出てとぼとぼと元気のない足取りで通路を進む。
会場内の通路では体操着姿の中学校の生徒達がワイワイキャッキャとおしゃべりしている。
暗い気持ちの自分とはまさに正反対だ。
自分ももしも部活動をしていればあんな青春もできたのだろうかと少し考えたりした。
友人もたくさんできて、こうして笑い合う仲間がいて、大会の日には自分の学校を応援したり、試合に出場したり、まさに充実した学校生活。
しかし、自分にそんなものはなかった。結局、これが現実なのだと身に染みた。
一階の玄関への階段へ向かおうとしていたところだった。
「あれ?」
真夜のいる通路から真っすぐ進んだところの突き当りの角に誠也が歩いて行くのが見えた。
「誠也?」
先に帰ると言っていたのにまだ帰ってなかったのだろうか。
「誠也、まだこの会場にいたんだ」
先ほどが誠也との別れではなく、まだ誠也が同じ会場にいたことに心が緊張した。
せめて誠也に最後の一言を何か言いたいと思っていた。先ほどはあまりにもあっさりとした別れだった。
けれど先に帰るといきなり突き放されたような言い方をされたから誠也にまた会うのは怖い気もした。
誠也としてはもう真夜に会いたくないからああ言い出したのかもしれない、それなのにまだ自分が付きまとうと、誠也にとって嫌なのではと。
むしろ『早く帰れよ』ときつく言われるだけはと。
しかし、なんだかあっさりとした別れは心残りだとも思える。
何と話しかければいいのかわからないが、真夜はこっそりと誠也の後を追いかけた。
一体どこへ行くというのだろうか。
一階が体育館になっているから観客席はそれを見降ろすスタイルになる為、二階の通路から観客席の扉へと入っている形だ。
誠也は階段を降りて、一階へと進んだ。
帰る為に玄関に行くのだろうか。真夜はそっと後を付けた。
誠也の後を追って一階に降りるとそのまま玄関のあるロビーに行くのかと思いきや、なぜか誠也は玄関とは反対の通路へと入っていった。
玄関ホールのロビーでは保護者や中学生が入り口を出入りしている。帰るのならばそっちの方角ではないのか。
ロビーの賑わいを避けるかのように、誠也はロビーの受付の横にある通路へと進んでいった。
館内マップで見ると、そちらは更衣室や出場選手の控室がある通路だ。
なぜ出場者でもない誠也がそこへ行くのだろうか。
「誰かに会いに行くのかな?」
今日の大会には誠也の母校である花芝中学校も出場している。
自分の母校なのだから、後輩に会いに行くのはおかしくない。
先に帰ると言っていたが、せっかくなので誰かに会いに行って挨拶をしていくのか。
しかし女子バスケの大会の日に、男子である誠也が会いに行きたい後輩がいるのだろうか?
当然ながら出場選手はみんな女子ばかりだ。そんな場所へ男子、それも中学校を卒業して今は高校生な誠也が行くものだろうか?
そういった場所は男子禁制の可能性だってある。ましてやその中学校の在校生でもない一般人にあたる誠也に行く目的があるのだろうか?
真夜はなんだか嫌な予感がした。
(誠也、どこへ行くの?)
真夜は気づかれないように、通路の角に隠れながら誠也を追いかけた。
誠也がたどり着いたのは選手控室のある通路だった。
午後から出場予定の中学校は今、その中でウォーミングアップ中なのか、あるいは昼食を食べているのだろう。壁越しでも室内の賑やかな笑い声が聞こえる。
誠也は選手控室の扉の前で足を止めた。
(あそこになんの用事があるんだろう?)
真夜は角に隠れながら誠也の様子をうかがった。
誠也はどすん、とリュックサックをおろした。
そこへしゃがみ、誠也はリュックサックのファスナーを開けて、何かを取り出した。
何か液体の入ったペットボトルを持っている。なぜか500mlではなく、2リットルサイズの大きなペットボトルだった。誠也のリュックが大きいのはそれを入れていたからだったのだ。
えらく大容量の重たいペットボトルを持ってきていたのだ。
喉が渇いたから水分補給をしようとしているのか、と真夜は思った。
しかし、それならばなぜ、観客席でもロビーでもなく、不自然に選手控室の扉の前なのか。
そこでは出入りする者の邪魔になる。
そして誠也はペットボトルと共に、あるものを取り出した。
「え……?」
真夜はそれを見て驚愕した。
誠也は片手にペットボトルを持ち、もう片方にはライターを持っていたのだ
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