第2話
翌日、真夜が登校して教室へ行くと、ざわついていた。
孔雀の絵の前に、生徒達が集まっているのだ。
孔雀の絵の羽がバラバラに散っていて、絵が崩れているのである。
「誰、これやったの?」
「酷い……。せっかく昨日頑張って羽を貼ったのに」
「もうちょっとで完成だったのに。なんでこんなことに」
クラスの者達は自分達がここしばらくコツコツを作ってきたものを壊されたと騒いでいる
真夜はハラハラした、やはり早速バレたのだ。
これだけ大きな絵の大事なパーツが落ちていればそれはすぐにバレるに決まってる。
やはり昨日のうちにきちんと自分達がやったのだとやはりすぐに教師に言うべきだった。
惟子の言葉を信じてしまい、そのまま二人で帰ってしまったのだ。
「どうすんの、これじゃ三月に間に合わないじゃん」
「もうすぐ入学してくる一年生に見せる大事な絵だったのに」
「うちのクラスの絵だけが未完成になっちゃうってこと? またここから作り直しってわけ?」
あと少しで完成だった制作物が締め切りまでに間に合わなくなってしまう。それは怒って当然だ。
そして、生徒達は誰がやったのかと騒ぎ始めた。
「昨日のホームルームの時はこんなのなってなかったよね。だって普通に立てかけてあった
「じゃあホームルームの後にこうなったってこと?」
「試験前で部活休止期間だし、誰か放課後に残ってた人じゃないの」
「えー、試験前に放課後に残るってだめなのに」
ホームルームの後に、部活休止中はすぐに帰ることになっている。
となると、皆が帰った後に何らかの理由で放課後に残ってたものだ。
「でも、昨日はみんなすぐ帰ったよね。放課後に残るっていうと、日直の人とか?」
日直当番は放課後に、全員が帰った後に日誌を書いて担任教師に提出する決まりだ。
「昨日の日直って誰だったっけ?」
「えっと、その前が江崎の私だったから、次は……」
当番は五十音中で決まる。となると江崎の「え」の次になるものだ。
その次のクラス番号の男女ということになる。
「クラス番号で六番の江崎さんの次ってことは次は七番と八番の人?」
「確か八番の男子の国崎くんは風邪で休んでたし」
「となると、『え』の次は『お』だから……」
推理により、誰が放課後に残っていたのかが絞れてきた。
クラスメイトの目線は真夜に集中した。
「これ、やったの大島さん?」
真夜に疑いの目がかけられた。
「え……と」
昨日の日直当番はクラスの者達が言う通り、真夜しかいない。
となると、昨日の放課後に残っていたのは真夜だけだったことになる。
確かに昨日の放課後に残っていたのは日直の真夜だ。
しかし、その時に一緒にいたのは惟子もだ。
惟子が習字をはがそうとした際に落下してこうなってしまったのだ。
しかし、肝心の惟子はまだ登校してきてない。
今ここにいる者で、昨日のことを知っているのは真夜だけなのだ。
「だって、放課後まで居残りしてたの、当番の大島さんだけじゃん。昨日、男子当番の国崎くんは休んでたし」
その時は惟子も一緒にいた。しかし惟子は当番ではないのに残っていた。
惟子に当番の仕事を手伝ってもらっていたのだ。
本来、惟子は当番じゃないのならすぐに帰ってもらわねばならないのに、真夜はそれを引き留めてしまった。
しかも惟子が残っていて、真夜は注意もせずに一緒におしゃべりをしてしまっていた。当番ではない者をすぐに帰らせなかったのだから、真夜にも責任はある。
「え、と」
やったのは自分ではない。壊したのは惟子である、と言いたい。
自分勝手だが惟子に責任を押し付けたいという気持ちが出てしまう
しかしそれだと惟子と一緒にいたことがバレてしまう。
惟子は学年末最後の試験である期末試験が終わって部活が再開されればテニス部として春休みに試合に出る予定だ。
もしもここで惟子が自分のクラスでトラブルを起こしたとなれば、その部でも活動に影響が出てしまう。
現に真夜が惟子をすぐに下校させず、引き留めてしまったのだから。
ここで制作物が作り直しになるということは、試験後は他の者達も部活を休んで放課後に制作物を作らないと学年末に間に合わないのだ。
ただでさえ部活休止期間に居残りをした時点で違反なのに、その上さらにクラスの制作物を壊してしまったのだ。惟子の部活での信頼はがた落ちだろう。
「昨日の当番、国崎くんが休みだったってことは、大島さんしかいないよね?」
クラスはすでに真夜を疑っている。
惟子のことを言っていいのか悩んだ。確かに壊したのは真夜ではないが、日直当番ではない惟子を下校させずに引き留めた自分のせいでもあるのだから。
せめて今この場に惟子が登校していれば、まだ二人で事情を説明できたかもしれない。
しかし、今はこの場には真夜しかいない。
「朝のホームルームでこのこと先生に話した方がいいんじゃないの」
「もうホームルーム始まっちゃうよ。誰かその時先生にこのこと話してよ」
「こういうのは普通、壊したやつがいうものだろ」
「早く、あと三分で先生来ちゃうよ」
周囲が焦り始めた。このことはホームルームで議題にかけねばならない。
クラスの一大事だ。なので早くこの場で説明しなければならない。
時間のない焦りが、早く判断しなくてはと押す。
ここには事情を説明できるのは自分しかいない。それでいてもう時間が迫ってい る。急いでこの場を納めなくてはならない。
焦りで焦って、真夜は突発的な言葉が飛び出た。
「ごめんなさい。私がやりました……」
声が震える。 真夜は涙を浮かべつつも、自分がやったと言った。
「教室の後ろに貼ってあった習字に別のクラスの人のが混じっていて、それを取ろうとした時に倒れて」
同調圧力により、時間がないという急ぐ焦りもあって、真夜は自分がやったと名乗り出た。
惟子を帰らせなかった責任は自分にもあるという罪悪感が押し出た
テニス部で活躍している惟子をかばわなければと思ってしまったのだ。
自分は帰宅部でどの部にも所属していないのだから部活で不審な目を向けられる立場にはならない。
だったら本当のことを伝えて惟子一人に責任を押し付けるように、自分がそれをかばなければならないと思ってしまったのだ
「本当に……ごめんなさい」
やったのは自分ではない。けれど、この状況では自分がこう言うしかない
根が真面目であり控えめな真夜の性格の欠点が出てしまった
クラスの生徒達は一斉に真夜に非難の目を向けた
「やっぱり大島さんじゃん。どうしてくれるのこれ」
「最悪、せっかく頑張って作ったのに壊したとか」
「これじゃ提出期限に間に合わないよ。もう時間ないのに。今から作り直せってこと?」
真夜は涙目になりながらクラスメイト達の言葉をじっと聞いていた
そして、後ろの方でそっとヒソヒソと話している生徒の声も聞こえた。
「習字に違うクラスの人のが混じってたんなら、早く気がつかなかったのがダメなんじゃないの?それだってみんながいる時とかいくらでも時間あったのに」
「それだって大島さんが貼り間違えたんじゃないの?」
「せめて明日の当番の人にやってもらうって手もあったよね。それか先生に言うとか、それを自分で貼り直そうとしてこうなったんでしょ」
そうしている間に、担任教師が教室に入ってきてしまった。
「お前ら早く席つけー。何騒いでるんだ?」
「あ、先生。孔雀の絵が崩れてて」
生徒の一人が教師に事情を説明し始めた。
ホームルームでスローガンの絵をどうするかという話し合いになった。
新一年生入学前の三月中旬、終業式前には完成していなくてはならないので残り約二週間。
期末試験後のホームルーム前、休み時間と昼休みに集中して作業をすることになった。
壊れた部分を間に合わす為に遅れを取り戻すにはそれしかない。
クラス中が休み時間を潰されると言うことに「えー」と不満の声を上げた。
せっかくの残り少ない学年末のクラスの休み時間を、そんなことに使わなければならなくなったのだ。現在同じクラスであるクラスメイトと過ごせる残り僅かな貴重な時間なのにと。
さらに、学校で作業をする時間だけでは間に合わないという可能性も考慮して折り紙を家に持って帰って、それで羽を家で作り、それを学校に持ってくるという案も出た。
学年末となり、一年生のまとめの総復習などただでさえ宿題で忙しいのに、さらに家に帰ってからやるものが増えてしまうことになる。
そうなってしまったのも大島さんのせいだ、とクラス一同はさらに真夜に非難の目を向けた。
明日からは期末試験だ。それが終わったらその期間が始まることになる
期末試験が終わっても、祖作業の為に休み時間が自由にできなくなることに、クラスメイトは不満だった。
運悪くこの日は羽を壊した本人である惟子は風邪で休みだった。
惟子がいればやったのは自分であって真夜ではない、と惟子が説明してくれたのかもしれない、と自分勝手ことを考えてしまう。
やったのは真夜ではなく自分だ、と認めてくれるのではと。
そうすれば自分だけのせいではないのに、とまるで惟子のせいにしたいという幼稚な考えもあった。惟子がいないのだから、責任は真夜に集中した。
この日はずっと、真夜は暗い気持ちだった。
クラスメイトに冷たい視線を向けられて、不穏な一日がようやく終わった。
真夜は自宅のマンションに帰り、自室で勉強をしようと思った。
明日には期末試験だ。こんなことを気にするよりも勉強に集中せねばならない。
真夜はきちんと試験勉強をせねばと教科書を開くが、いまいち頭に入ってこなかった
今日の暗い気持ちで頭がいっぱいなのだ。明日が試験だと言うのに、最悪だった。
明日からはクラスメイト達にどんな風に言われるのだろう、と思うと恐ろしい。
「あなたのせいで私達の時間をこんなことに使うことになった」等という罵倒をされるかもしれない。完成しかけだった絵を真夜が壊したことになってしまったのだから。
惟子に連絡をしようかと思ったが、事情を知らない惟子にこのことを話すとまた長くなりそうだ。
今は一分一秒でも試験勉強に集中せねばならない。でなければ明日の試験勉強に関わる。
惟子に正直に話して、またそこで複雑なことになるとかえって時間がかかるだけだ。
今はとりあえず試験勉強に集中しようと思った。惟子が学校に来ればいいと信じて。
それでもやはり、うまく試験勉強に身が入らなかった。
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