あなたと私の七月
雪幡蒼
第1話
ここはある地方都市、都会から離れた場所ではあるが、田舎すぎず、自然もある。
その町のある公立中学校。樫木中学校の女子生徒がいた。
「こっちは黒板消し終わった。次は日誌を書かなきゃ」
樫木中学校一年二組の教室で、大島真夜は日直の仕事をしていた。
本来なら日直当番は男女で二人でやる決まりなのだが、この日、真夜と同じ日直当番の男子は病欠だった。
日直当番は男女で五十音順に回って来る決まりで、真夜は「大島」なのでペアの男子はカ行の国崎智也という男子だ。しかし、今日はその男子は風邪で休んでいたのだ。
なので日直当番の仕事は真夜一人でやらなくてはならない。
期末試験前で部活は休止期間。なので生徒達は授業が終わればすぐに下校する。
本来ならば放課後にこうして教室に残るのは日直当番のみになるのだ。
しかし、ここにはもう一人生徒がいた。
「今日の欠席者は私と同じ日直当番だった国崎くんっと。えーと、今日のクラスでの出来事は」
「今日は総合授業でスローガンの絵の続きをしたでしょ」
一緒にいるのは真夜のクラスメイトの友人である木村惟子だ
真夜がこの日、放課後で当番の仕事をするので、一緒に帰りたいということで惟子は真夜の手伝いをしていた。
惟子は真夜とは同じ小学校の出身で、小学五年生からの付き合いだ。
惟子は女子テニス部所属だが、この時期は試験休みで部活は休止時期である。
その点、真夜は部活に所属しておらず、帰宅部だ。
いつも授業が終わったら真夜はやることがなくすぐに帰宅するので部活をしている惟子とは下校時間が合わず、普段は一緒に帰ることができない。
なので試験前の部活休止期間は二人で一緒に帰りたいのである。
今日は真夜が日直当番で居残りだ。その為に惟子は当番ではないが、真夜と共に放課後の教室に残っていた。
「ごめんね惟子、当番じゃないのに付き合わせて」
「いいよ。おしゃべりしながらの方が楽しいし」
本来なら試験前の部活休止期間中の放課後は用事のないものはすぐに下校しなくてはならない。
用事もないのに学校に残った場合は𠮟責をくらい、強制的に下校させられる。
なので本当は惟子がここにいることは校則違反になってしまうのだ。
「真夜と一緒に帰れるのってこういう時だけだもん。大丈夫、見つかったってちゃんとうまい言い訳するから」
「うん。惟子がいてくれてよかった。一人だと不安だったから」
惟子が残ってくれているおかげで真夜も一人ではなく安心して日直の仕事ができるのだ。
本来、日直当番は残っている生徒に早く下校するように注意をする立場だ。しかし、真夜は惟子と一緒にいたいあまり、残らせてしまっている。
「じゃあ、今日はスローガンの絵につける羽根の折り紙を作りました、っと」
一年生も学期末となり、新学期になればクラス替えもある。
期末試験のこともあり、ちょっとだけ緊張の走るこの季節。期末試験も明後日だ。
もうすぐ一年生も終わりということで、各クラスでそれぞれのクラスを表す絵を作成することになった。
新しい学年に向けて、クラスの思い出を飾るスローガンを掲げた絵を作るのである。
進級してクラス替えがあるので今のクラスの生徒達はクラス分けでばらばらになる。
なので、その年の各学年の生徒達はその時だけに限られたクラスの生徒達ということになる。
その思い出を残すことと、新学期になって四月から入学する新一年生へ見せる在校生からの新入生へのメッセージになる展示にもなる大事な絵だ。
各クラスの中でそれぞれにスローガンにする絵の案を出し合い、真夜のクラスはこれになった。
それは卵と孔雀の絵だ。卵が孵って、美しい孔雀になるようにという成長の意味が込められている。
孔雀は大人になり、孔雀の雄は雌を誘うために色鮮やかな美しい羽のある尾を広げる。卵となった子供達が、大人になって華やかに育っていくようにと、それを表していた
教室の後ろにある、生徒達が荷物を入れる為の小さいロッカーが積み上げられ並んでいる場所には途中までのその作りかけのスローガンの絵が描かれた大きなボードが置かれていた。
一枚のボードに、下描きをして、クラスの生徒達で協力して色を塗る。
そして、孔雀の尾は一枚一枚を手作業で一枚一枚折り紙で羽を作り、それを糊で孔雀の絵の尾の部分に貼っていくことになった。
冬休み明けから始まった制作作業ではあるが、コツコツと地道に進めていき、3月のこの時期に、なんとかあと少しというところまで来た。
大きなボードには左半分に大きな卵が描かれており、右半分を占める大きな孔雀が尾を広げている絵が描かれていた。
ボードの中心部にある左側の尾は完成して、ボード右側にある尾の部分が作りかけで、ここに毎日折り紙の羽を貼っていってるところである。
地道な作業故に、完成が見えてきたというこの状況で、クラスの生徒達はもうすぐこ
の作業から解放されると喜んでいる。
「もうすぐこの絵も完成だね」
「うん。みんなの心がこもった羽ができるもん」
二人はボードを眺めながら教室の後ろの壁を見た。
それぞれの生徒達の目標の文字が書かれた習字が画鋲で貼られていた。
「希望」「飛翔」といった文字がそれぞれの筆跡で太い筆で書かれている。筆で書かれた字の横にはクラスと名前が漢字で書かれている。
それを見ていて惟子はあるものに気が付いた
「あれ、他のクラスの子の習字じゃない?」
その中に一枚だけ、真夜のいる一年二組ではなく、一年三組の生徒の名前があった。
「本当だ、間違えちゃったのかな」
ちょうど壁の半分辺りに貼ってあった習字だ。
『一年三組、本木宏』そんな名前の生徒はこのクラスにいない。
窓側の右半分は昨日の日直当番が昼休みに貼っていたが、それ以降の廊下側の左半分の習字は今日の昼休みに真夜が残りの習字を画鋲で貼ったのだ。
真夜が今日貼っていた範囲はちょうどその習字より左側だ。ちょうど昨日の当番は貼った横の一列からは真夜が貼る作業をした。どうやら昨日の日直当番が間違えてしまったらしい。
「なんか気になるなあ、私が貼り直してあげる」
惟子はその習字を見て、他のクラスのものが混じっていることに違和感を感じたのだろう。
「いいよ、私が明日先生に言うから」
「だって、今日は真夜が当番だったんから真夜が間違えて貼っちゃったって思われるよ」
よっと、と惟子は教室の後ろに備え付けらている、それぞれの鞄や絵の具などをしまう棚の上に乗り上げ、他のクラスの習字を剥がそうとした。
「いいって、私が明日の当番の子にいうから」
「平気平気、こんなのチョチョイだよ」
惟子は別のクラスの生徒の藁半紙の画鋲を外した。
惟子の手から習字の和紙がひらりと下に落ちた。
「あっ」
惟子の手がそれを掴み取ろうとしたが、惟子はふわりと宙に浮くわら半紙を掴もうとすると、前のめりになり、棚からバランスを崩して床に落ちた。
どすん、という音で惟子の身体が倒れる。
「大丈夫!?」
尻餅をついた惟子の元に真夜が駆けつける。
「うん、平気。よいしょっと」
惟子が腰を上げると、二人は驚愕した。
「あっ!」
「ああー!?」
教 室の隅にに立てかけてあった孔雀の絵のボードが、絵の面から勢いよく床に倒れていたのである。惟子が床に落ちた振動で、絵が倒れてしまったのだ。
「大変!」
惟子は慌てて絵を起こして元の場所に立てかけた
「あっ」
制作途中のスローガンに絵に、割れ目が入り、羽の部分の折り紙が散って床に錯乱していた。
それはよりにもよって孔雀の羽の部分の糊がはがれてしまい、バラバラに羽が散ったのだ。
「みんなで作った羽が!」
これまで一生懸命生徒たちが糊付けをしていた孔雀の尾。
冬休み明けからみんなで一生懸命作り、ようやくここまで来た絵がそうやって崩れてしまっていたのだった。
それもよりによって孔雀の尾という一番大事なパーツの部分に。
「どうしよう、先生に言わなきゃ」
真夜は焦った。クラスの制作物である、大事なものを破損してしまったのだ
これはすぐに教師に言わねばならないだろう
真夜が焦って職員室に行こうと教室を出て行こうとした時だ
「待って」
惟子が真夜の腕を掴んでそれを静止した。
「こんなの私達がやったって、知られたら、何言われるかわからないよ」
三学期に入ってからこの二ヶ月近くで必死でクラスの生徒達が苦労してそれぞれが作ったものだ。それを壊してしまったのだから、クラスの生徒達は怒るだろう。
きっと明日になればすぐに制作物の異変に気がつく。
壊れたものは直せないのだから、また作り直しになってしまう。
「で、でもこれはまずいよ。すぐに私達がやったってバレちゃう」
焦る真夜に、惟子はこう言った。
「真夜、ここはすぐに帰ろう」
「え?」
惟子の言う意味がわからなかった。この惨状をこのままにしておけと言うのか。
「早く帰らなきゃ。部活休止期間中なのに私が放課後に残ってたことがバレちゃうよ。それじゃ早く下校させなかったからってことで真夜まで怒られちゃう」
日直当番の仕事は放課後に日誌が完成したらすぐにそれを職員室に持って行かねばならない、それを少しおしゃべりしてしまい、すぐに帰らなかった。これは校則違反である。
本来ならば当番である真夜がしっかり惟子に部活停止期間中は早く帰りなさいと注意を促す側だったはずなのだ。
その真夜が惟子と一緒におしゃべりをして居残りさせてしまったのだから真夜にも責任がある。
惟子はテニス部だが試験前は部活休止期間で、本来ならすぐに帰らなくてはならないのに、真夜とのおしゃべりで残ってしまったのだ。
部活停止期間中に日直ではないものが放課後に残るのは違反だ。
本来ならば試験勉強の為にすぐに下校しなければならない。
それがバレてしまえば惟子は部活でもいい立場にはならないだろう
校則違反をしたのレッテルを貼られてしまう
「ほら、その日誌を早く職員室持っていって、それで帰ればまだわからないよ」
「で、でも」
「早く行ってきなよ。私がここにいるとまずいから先に生徒玄関行ってるね。待ってるから」
「……わかった」
とんでもないことをしてしまったのだが、惟子とおしゃべりをしていた自分にも非がある。
しかも、習字の貼り間違いをもっと早く気がつかなかった当番の自分にも責任があるのかもしれないと思ってしまった。
惟子に押されたこともあり、真夜は帰ることにした。
そしてその夜、真夜はそのことで不安になりながら宿題をしていた。
家に帰っても、あの孔雀の絵のことを明日クラスメイト達が気づいたら何を言われるのだろう、と恐怖で仕方なかった。
しかし、もう帰ってきてしまったのだ。もうどうにもならない。
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