第43話 これからの自分


 キーンコーンカーン……。


 学校のチャイムが鳴り響く、午前の授業が終り、給食の時間の後の昼休み。


 クラスメイトとワイワイと楽しそうに話す生徒達、部活や委員会の用事で教室を出て行く生徒達、それぞれ様々な目的で動いている。


 その教室の窓際の席で、真夜は英単語の復習をしていた。


「ここの単語はこれと合わせるとこの英文に……と」


 やや遅れ気味だった授業に追いつくべく、真夜は復習を欠かさない。


 夏休みの間、あの事件の後、生きることに希望を持った真夜は必死で勉強した。


 ようやく生きる目的を見つけ、これからは前を向いて生きて行こうと決めたからだ。

 それならばまず自分にできることをしようと、夏休みは授業の遅れを取り戻すべく、二学期に向けて必死で勉強をすることになった。


 真夜が二学期からの登校復帰を考えると担任教師に話したところ、なんと夏休み中に予定の空いている教師が真夜に個別指導をつけてくれるということになったのだ。


 といっても教師は夏休みも部活の顧問で忙しい。合間をぬって英語や数学の教師が少しだけレッスンをしてくれ、それを元に真夜は夏休みの宿題を利用して勉強に励み、二学期の準備をした。


 一学期の遅れを少しでも取り戻せば、二学期からの授業はついていけるかもしれないと希望を持って。


 元々真夜は一年生の頃は試験に出れば平均点をとれるくらいの学力はあった。

しばらく授業を受けていなかったから一学期の期末試験は全く問題がわからなかったというだけで、飲み込みは早いのだ。

 あの時は勉強がわからなくて高校受験は無理だと将来も真っ暗だった。


 とはいえ、それでも二学期の授業を受けることになっても油断はできない。

 なのでこうして休み時間や昼休みは一人で自習に励む。今の授業範囲を固めるからこそ、今も授業を受けてなかった一学期範囲についてよく復習しているのだ。


 二学期から登校するようになり、最初はクラスメイトもそれまでずっと休んでいた真夜が来たことに驚いたが、元々仲の良い友人はいなかったのだから気にしない


 むしろ、その方が勉強に集中できると思えた。


 真夜のクラスメイトは真夜があの女子バスケ部の大会の会場にいたことは誰も知らない。


 あの日も会場には真夜の中学校である樫木中学校の女子バスケ部も出場していたが、真夜は観客席にいたものの、大会に出場する三年生のことは誰も知らない。


 真夜は二年生からのクラスメイトとは全然喋ってなかったから誰も真夜のことをよく知らなかったし、会場では同じ学校の生徒とはトイレですれ違った元クラスメイト以外は誰とも直接喋っていない。

 あの事件でも真夜のことは伏せられて、真夜のことは公にならなかったのだ。


 それはそれで好都合だった。誰もあそこで真夜が何をしていたのかを知らないままにできたのだから。


真夜が昼休みに一人で自習に励んでいると、そこへ声がかかった


「ねえ、大島さん」


 真夜が顔を上げると、そこには眼鏡をした三つ編みの生徒が立っていた。


 あまり話したことのない生徒だったが、同じクラスの森田小波という女子生徒だった。


「その英語の範囲、一学期の復習だよね?」

「そうだけど」


 小波はもじもじしていた。初めて喋る相手に緊張しているのだ。それを勇気を出して話しかけてみたという感じだ。


「私、一学期の期末試験以降、病気で長く休んでたから、一学期の七月の範囲の授業受けてなかったからその辺り、よくわかってないんだ。夏休みの宿題も全然できなくて……。それで大島さんも一学期の範囲やってたから、よかったら一緒に勉強したいなって」


 真夜と同じように一学期の復習を今からしたいという女子生徒だったのだ。


「だって一学期の勉強追いついてないなんて周りに言うの恥ずかしくて……。みんなもう終わってる範囲だから教えてなんて言いにくいし……。だから一学期の復習してる大島さん見て一学期の勉強してる人がいるって思ったから。だから色々教えてほしいなって」


 小波も真夜と似た境遇だったのだ。一学期の勉強に追いついていない部分があり、それで一学期の勉強をしている真夜を見て同士だと思えた。


「私も一学期、あまり学校来てなかったんだ。だから私もちょっとついて行けてないところあるよ。それでもいい?」

「そんなそんな。大島さん、結構範囲追いついてるじゃない。それ、ちょうど一学期の終わり辺りの範囲でしょ? 私も同じところからやりたいんだ」


 小波は一学期の勉強に追いついてないことを恥ずかしくて人に言えなかった。なので勇気を出して真夜に話しかけてみたのである。


「いいよ。じゃあここの次のページからやろっか」

「ありがとう!」


 この日から真夜には新しい友達ができた。


 共に勉強をして、一緒に授業に追いつこうと放課後も小波と一緒に勉強するようになり、休みの日も勉強会をするようになった。そして遊びに行くことも。


 友達がいる楽しさ、それは誠也が教えてくれたことだった。


 誠也と過ごしたあの経験が、新しい生活への教訓になった。


 そして真夜はあの事件ことがあってから、毎週土曜日のみだが、市内のプールのあるジムに通うことになった。


 中学校には水泳部がなかったから部活に入らなかったが、水泳部がないのならば他の場所で水泳をやったっていい。真夜が本気でやりたいと言ったら、母親も月謝を出してくれた。


 誠也を助けたあの日から、もっとうまく泳げるようになりたいと思った。

 ジムに通い始めてから、次第に小学校の頃にスイミングスクールに通っていた頃の楽しさを思い出した。泳ぐのがうまくなればなるほど、成長を感じる。

 こうしてまた新しい生き甲斐を見つけたのだった。


 二学期が始まって、再び学校へ行くようになってから何もかもが順調だった。

 授業に追いついてから、新しいことを学ぶという楽しさに目覚め、以前よりも勉強が楽しくてたまらなかった。新しい友人ができたことにより、学校へ行くのにも楽しさを感じるようになった。


 一度失った人生への希望を再び取り戻したのである。

 

 ある晩、自室にて宿題を終えてふと机の横の壁にかけてあるホワイトボードを見た。

 その隅っこには七月のあの頃に誠也とゲームセンターで撮影したプリクラが貼ってあった。


 誠也と過ごした夏、その日付が入っている。『7月12日』あの夏の一日。


 あの頃、誠也に会ったことで真夜の人生は変わった。

 あの日々は真夜にとっては人生の変化を起こした。


 何もかもに絶望して死にたいと思っていた自分に希望が見えた。


 人を愛すること、生きること、再び希望を持てること、そしてこうして幸福に戻ることができたこと。それは全て、あそこから始まった。


プリクラの中の自分と誠也は猫耳をつけて笑っていた。


 誠也が間違いなく真夜と一緒に過ごした思い出だ。


「誠也、私うまくやっていくからね。だから、そっちでも頑張ってね」

 電気を消して、真夜はベッドに入った。新しく来る明日の為に。

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