第8話 親友の転校
翌日のホームルームで、担任教師から話が合った。
「急だが、木村さんが今年度いっぱいで転校することになった」
真夜は衝撃を受けた。惟子が転校するというのだ。
そんな話は聞いていない。惟子は何も言ってなかった。
あの一件以降、惟子が身体の症状を悪くしていた為に、電話をするのも悪いという気持ちがあり、真夜は惟子に何も伝えてなかった。
もしも連絡したらあの件を惟子に言ってしまいそうで、それだと真夜は惟子に強く当たってしまうのではという恐怖があったからだ。
「惟子のせいで私が酷い目に遭った」などと口走ってしまうのではと怖くて、あえて電話できなかったのである。
「先生もびっくりしたよ。急に決まったそうだ。今年度いっぱいでお父さんの仕事の都合で長崎に引っ越すとのことだ」
惟子がこの学校からいなくなる。
惟子がテニス部に入ってるからこそ、クラスでのトラブルがあると知られたら惟子の今後の部活の立ち位置が困るかもしれないからということで真夜が罪をかぶったのに、どうせ惟子がいなくなるのならばそれは意味がなかったのではないかと怒りのような感情まで湧いてきてしまった。
結局、その日一日も真夜は学校にいることが辛くなった。惟子との別れが近づいているという寂しさもあったからなのかもしれない。
あの一件以来、真夜はようやくスマホで惟子にLINEを送った。
『体の調子はどう? 肺炎起こしたって聞いたから心配したよ』
あえてクラスでの一件には触れないことにする。ここで何かを言い出したらそのまま歯止めがきかず惟子に強くあたってしまうのではないかという恐怖もあったからだ。
「先生から聞いたよ。今年度いっぱいで転校するんだって?」
しばらくして惟子から返信が来た。
「私も聞かされてなかった。お父さんが急に決まったっていうから。私、この学校に残りたかったよ。私は嫌だって言ったのに、もう決まったことだからって」
これはどうしようもない問題だ。大人が決めたことに、しょせんは子供の自分達が何か意見を言ったりすることはできない。保護者に養われている身なのだから親の言うことは絶対だ。
惟子が転校するのだから、唯子を安心させてこの学校から新しい学校でできる為に明るく見送らねばならないのではないか、と真夜は思った。
父の最期を父を安心させて見送ったように、惟子にも新しい場所で新しい気持ちでやっていく為に、この学校での嫌なことを背負わせてはいけないと思った。でないと惟子は新しい場所でやっていけない。
「惟子がいなくなるのは寂しいよ。でも仕方ないよね。またメールとかするから元気でね」
結局惟子に学校でのことは言えず、真夜はそう伝えた。
その後、惟子はずっと学校に来なかった。
急な引っ越しで家で引っ越しの準備が忙しいのだろう。
今年度でこの土地を去り、新しい学校に行く為には準備が必要だ。それならば学校に行ってる暇などないのかもしれない。
終業式の二日前、ギリギリでスローガンの絵は完成した。
崩れた孔雀の尾には新しい折り紙の羽が貼られており、まさに孔雀の尾の立体感を出していた。
それが各クラスの教室の前の廊下に置かれる。
他のクラスも同様で、一年生の教室のある廊下は各クラスの絵が立てかけられていた。
「わー! すっごい、孔雀なんて作ったんだ」
「そうそう、これ作るの大変だったんだ」
真夜のクラスの教室の前で、他のクラスの女子が絵の前で真夜のクラスの女子に言った。
「でもなんかここ、なんでちょっと歪んでるの?」
「完成しそうって時に壊した人がいてね。それでそこだけ作り直しになったんだ。だからうちのクラスだけ完成させるのが遅くなっちゃったの」
「えー、かわいそー。そんなことあったんだ」
「うちらさー、あれから休み時間も昼休みもずっと作業させられてさ。完成したけどやっぱり後付けだからちょっとおかしくなっちゃったんだ」
「壊した人が悪いよね。せっかくみんなで作ったのに、なんて人?」
「えっとねー」
聞きたくない、そう思い真夜はさっと教室を出て行った。。走るように、その場から立ち去る。
頑張った結果、絵は完成したが、それでも真夜が絵を壊したというマイナスなイメージはぬぐえなかったのだ。
三年生を見送る卒業式も終わり、終業式当日、ようやく惟子が登校してきた。
惟子は部活の先輩を見送る卒業式にも来なかったのだ。
先輩に別れを言うのが寂しいという気持ちがあったのか、それともただ引っ越しの用意が大変だけだったのか、それはわからない。
やっと学校に来た惟子。そして担任教師がHRで惟子について説明した。
「というわけで、木村さんはこの学校に通えるのが今日が最後でお別れとなる。みんな、挨拶をするなら今日だ」
クラス一同で惟子にお別れの色紙を書くことになった。
みんな惟子の為に「元気でね」「頑張ってね」など励ましのメッセージを書き込む。
クラスの者達はあの絵を壊したのが惟子だということを知らない。
あれから時間が経ってしまったのだから、今更説明しようにもそれは真夜が今頃別の人間に責任をなすりつけようとしている、と思われるだけかもしれない。
それだとかえって真夜の印象が悪くなるだけだ。
せめてあの件の翌日にすぐにクラスメイト達に状況が説明できるとよかった。
しかしあれから時間が経過してしまい、完全に真夜のせいだということでこの二週間絵を作ってきて、そして惟子は今日が最後の登校日だ。
色紙が真夜に回された。真夜は何と書けばいいのか迷った。
これが惟子に会える最後の時間なのだから、もしも告白をするなら今だ、と思った
あれをやったのは自分ではなく惟子だと。
しかし、これまで仲が良かった惟子を最後に悪者にするなんて嫌だ。
仲が良かったからこそ、惟子のことは明るく見送りたいという友人としての気持ちがあった。
終業式は半日で終わる。真夜は惟子に「一緒に帰ろう」と話しかけた。
「ごめん。私、最後に二年生の先輩達に挨拶に行くね」
三年生を送る卒業式には出ることができなかったのだから、せめてまだ在校している二年生の先輩には挨拶をしていきたいということだった。
「じゃあ、待ってるよ」
「いいよ。私、長くなるし。今日はこの後に部活の先輩が家においでって誘ってくれたの。そこでお別れ会をしようって。そっちにも行かなきゃいけないから、今日はこの後もずっと夜まで先輩の家に行くんだ」
友人よりも部活の先輩の方が大事なのか、とそんな優先度を見てしまったような気持ちだ。
しかし、この一年、毎日参加していた部活の交流も大事だというのはある。
真夜は部活に入っていないからそういうのがわからなかった。
最後の別れはクラスメイトだけでなく、部活動の交友も大事なのだ。
「じゃあ、惟子とはこれでお別れなの?」
最後の別れが感動的なものではなく、こんな場所でのお別れだ。
「うん。じゃあね真夜。元気でね」
惟子の手前、最後にあの絵を壊したのはあなたなのに、と言い出せる雰囲気にはなれなかった。
最後の友人の別れがそんな形になりたくない。けれど仕方ないことだった
「うん。頑張るから。元気でね」
真夜は少し寂しそうに惟子に手を振った
真夜はとうとうあの事件のことは真相を誰にも言わないままになった。
当事者の惟子は引っ越しの日が迫っていてもうクラスメイトに会う余裕もないだろう。
今日の部活動の送迎会で惟子のこの中学校での学校生活は終わりだ。
色んな複雑な想いが交錯しながら真夜は寂しく家に帰った。
春休みになって、家にいても真夜は辛かった。
長期休みになると、父が家にいないことを実感してしまう。
父が亡くなり、母は以前よりもいっそう仕事に打ち込むようになり、前よりも帰宅が遅くなった。
必死で家計を支えねばならないと考えているので忙しすぎて土日も家にいないことが多くなった。
なので母と会話をする時間がとても減った。
なので日中は真夜が一人になる。
父がいれば、新しい学年にむかって応援してくれたのでは、と思ってしまう。
世の中、大人になるまで父親が生きている人がたくさんいるのに、なぜ自分にはいないのか。
なぜこんなに早く父を失ってしまうのだろうか、とテレビや漫画で父親という人物が出てくるのを見るだけでも辛くなった。
本を読んでも、テレビを見ても、何をしても父がいない現実が押し寄せてくる。
そのまま沈んだ気持ちで春休みは過ぎて行った。
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