第9話 二年生

新学期になり真夜は二年生になった。


 入学式では新一年生を迎えたが、部活に所属していない真夜は自分は後輩と仲良くなることはないんだろうな、と寂しく思った。


 クラス分けを見たが、新しいクラスには他に仲の良い女子なんていなかった。


 元々まともに友人付き合いをしていたのは惟子が一番だった。


 その惟子も転校して学校を去り、一年生の時に同じクラスだった者には真夜は鬱陶しい存在と思われているのではないかという恐怖がまとわりつく。


 例の孔雀の絵は新一年生に見せる為に生徒玄関前の廊下に展示されている。


 毎朝学校へ来る度に、嫌でもそれが目に入りあの件のことを思い出してしまう。


 自分の教室に入っても、同じクラスの者と仲良くする気なんてなれなかった。


「あの子はクラスの大事な絵を壊した」という風に噂をされるのではないかと怖かったのだ。


 下手に仲間に入ろうとして、一年生だった時のその事情を知らない者にまで、元クラスメイトだった生徒がその件を話してしまうのではという恐怖があった。


 真夜は自分から新しいクラスメイトに話しかけるに気ににはなれなかった。


 部活にも入っていないのだから、同じクラスで人間関係を作ることができなければ、もうこの学校で交流が広まることはないだろう。


 真夜は教室にいる時間も恐ろしくなった。


 誰かに絵を壊したことを言われるのではという恐怖がつきまとい、新しい友人も作ることができない、そして教室で一人で過ごすと「あの子は友達がいない」とさらに偏見な目で見られるのではと。


 休み時間の度にそれが恐ろしくなり、授業になっても頭に入ってこなかった。


 休み時間が嫌で、特に長い昼休みは真夜はよくトイレに行くようになった。


 トイレの個室ならば誰にも見られることがない。今となってはここだけが唯一の居場所になってしまった気がする。


 この日も真夜は昼休みになったと同時に、トイレに駆け込んだ。


 たった20分の昼休みはとてつもなく長く感じた。


 そろそろ個室から出ようと思っていたところで、同じクラスの女子の声がした。


「うちのクラスにいる大島さんって子さ、いつも一人でいるよね。あの子友達いないのかな? 誰かが話しかけてくれること待ってるのかな?」

(……!)


 たまたま自分の名前が聞こえた。


 同じクラスの女子が自分について話している。


 今ここでドアを開けるのはまずい。何を話しているのかが気になり、真夜はそっと耳を立てた


「あたしさ、一年生の時にあの子と同じクラスだったんだけど、あの子、クラスの制作物壊したんだよ。もうちょっとで完成だったのさ。おかげであたしたち、ずっと作業させられてた。もうすぐクラス替えがあるっていう、一年生のクラスのみんなと過ごす最後の貴重な時間だったのに台無しにされてさ」


「えー、なにそれ酷い」


「そんな子と友達になりたくないよね。いつも一人だからって誰かと友達になりたくてうちらのとこ来ると嫌だし」


「みんなで一生懸命作ったもの壊されるんでしょ。せっかく私達が作ったものとかもあの子に壊されるの嫌だし」


「だよね、あの子には近づかない方がいいよね。他の子にもそれ教えてあげなくちゃ。大島さんって子と仲良くしない方がいいよって」


 一通り話し終わり、クラスメイト達は用を足すとトイレから出て行った。


 まさかこの個室の中にその真夜本人がいるとは思っていなかったのだろう。


 ただでさえ真夜のイメージがあの一件でマイナスになったというのに、今度はそれをさらに今のクラスメイト達にも注意喚起として広められるというのだ。


 真夜はますます自分のクラスにいることが恐ろしくなった。


「あの子ってさ、一年生の時あんなことしたんでしょ」と噂をされるのではないかという恐怖がつきまとう。


これからは新しい友人を作ることはできなくなるだろう。


そんなイメージがついて回るのだ。もう自分には居場所がないと感じた。


 二年生になって一カ月が経過した。


 結局新しい友達もできないまま、真夜は日々孤独と恐怖に怯えながら学校へ行く。


学校に行くことが辛くなった。休み時間の度に苦しくなった


周囲が友人と話をしている中、自分だけが一人だ。


もはや平常心を保つのもいっぱいいっぱいだった。


母はいつも朝早くに家を出る。

なので真夜が登校する為に家を出る時は見送る家族もいない。


真夜は朝起きる度に「また地獄の時間が始まるのか」という気持ちになる。


あの苦しい場所に行かねばならない、今日もきっと嫌なことだけが起きると。


真夜は制服を着て朝食を食べた、時間割の教科書を鞄に詰めていざ家を出ようとしたところだ。

あとは玄関の扉を開くだけだ、そうすればいつも通り学校に行ける。


そうしてドアノブを開こうとした時だ。手が止まった。


また学校へ行けばあの時間が始まる。何かを言われるかもしれないという恐怖と隣り合わせで過ごすことになる。授業を聞くのも、もはや集中できなくなり、二年生になってさらに難しくなった授業は真夜にとってかなりの苦痛を与えた。


そんな思いが一瞬で頭を支配し、玄関のドアを開けることができなかった


「ダメだ……」

ここを開けばいつも通り学校に行けるだけなのに


もうドアを掴もうとする手が震えていた。


そのまま足にも力が入らなくなり、そのままへたり込んだ。

「ダメだ、行けない」


制服を着て、学校のカバンも持って、髪も整えて、学校へ行く準備は万端。


だけど、最後に家を出ることができなかった

泣いた、静かに泣いた。もうどうにもならないと。


真夜は家の中に戻った。


居間に入り、父の仏壇の前にうつ伏せになり、涙を流した。

こういう時、父がいたらなんと言ってくれたのだろう。


目の前にある父の遺影は生きていた頃の笑顔だった。


しかし、遺影は何も声をかけてくれない。

「お父さん、私どうすればいいの」


こんなことを言っても仏壇は返事をしてくれない。

真夜はただ静かに泣いた


この日から、真夜は学校に行くことができなくなった

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