第37話 私のあなたへの気持ち
誠也と初めてこの保羽川の河原で会った日。生きる希望を見失って、水に入ろうとしていた。
その時に誠也に声をかけられて止まった。
「俺はわかってたよ。君と初めて会った日、あの後ろ姿は生きようとしてない人間の背中だって思った。孤独で、寂しさと悲しさと絶望を携えた、そんな背中だってすぐわかった。妹と……美香と全く同じだったから。君が死のうとしていたんだって」
誠也はすでにあの時、真夜が考えていたことがわかっていたのだ。
「それもそのはずだ。俺も、あの時の君と同じ気持ちだったからさ。君が父親を亡くしたみたいに、俺も妹を亡くした。その悲しみで、俺と全く同じなんだって」
誠也もまた孤独を抱えて、家族を失った悲しみを背負っていた。
誠也は真夜に自分と同じものを感じ取っていたのだろう。
家族を失い、これから生きる希望も見いだせず、ただ先の見えない人生を過ごそうとしていた。
真夜もあの時は父の元へ行けたら、と考えていた。
今の誠也もあの時の真夜と全く同じ考え方なのだ。
「じゃあ、なんであの時、私を止めてくれたの」
自分と同じ気持ちで死のうとしている人間を見つけて、なぜわざわざ引き留めたのか。
死のうとしていることがわかるのならば、そのままほっといてもよかったはずだ。
「自殺しようとしているのを見て、妹を連想した。あいつも学校で嫌なことがあって、生きる希望を見失っていた。だから目の前で同じような人を見たらどうしてもほっとけなかった。せめて美香と同じ韻を踏ませたくない。ならばしばらく一緒に過ごせば君がそれを思いとどまるかなって思った。俺はどうせもうすぐ死ぬつもりだったから、誰かに俺のことを覚えていてほしいって気持ちもあった。もう俺は周囲のやつらなんて信用できなかったから」
どうせ自分も死ぬのなら、最後くらいは何かをしておきたかった。
それが真夜としばらく一緒に動くことだったのだろう。せめて自分がこの世にいた証を、一人でも多くの誰かに覚えていてほしくて。どうせ死ぬのならば、残り少ない時間は誰かといて自分のことを覚えておいてほしかったから。
誠也はそんな気持ちであの時真夜に声をかけたのだった。
あの意味の真相を知り、真夜は誠也の気持ちを知った。
あの時、自分は間違いなく死にたくてたまらなかった。あのまま川に流されればいいと思っていた。
しかし、真夜はもうあの時と違う。
「私は確かにあの時は誠也の言う通り、死にたがってた。誠也が引き留めてくれなかったら、私は何をしたかわからなかった。あのまま水の中に入って、何もかもをなかったことにしたいって思ってた。お父さんを亡くした悲しみと将来への希望が見えなくなった絶望で、いっそお父さんのところへ行けたらって今のあなたと全く同じ気持ちだった」
真夜は勢いにまかせてしゃべり続けた。
「けど、あなたとこの二週間、過ごしてみて生きるって楽しいってことを思い出せた。ああやって誰かと一緒にお昼を食べるとか、遊ぶとか、お出かけするとか、私が失っていたものを取り戻せたような気がして。普段だったらマンションで星を見てもつまらなかったはずだったのに、誠也と夜空で星を眺めた時、それまでよりもずっと何倍も何倍も楽しかった!」
真夜は声がだんだん強くなっていくのが自分でもわかった。
「だって、前に言ってたじゃない。生きてさえいれば、希望はあるって。そう言ってたのに、なのにどうして自分から死のうとするの。私をあの時止めてくれたじゃない! それに……」
誠也に会えなくなるとわかったあの日の夜、誠也のことばかり考えてしまったあの気持ち。
真夜は自分の中でもわからない感情に戸惑った。
なんだかドキドキして、またこの人に会いたいと思う。
なぜ自分はこんなにも誠也と一緒にいるのが楽しかったのか。
そしてなぜ今目の前で誠也が死ぬのを必死で止めようとしてるのか。
真夜はこれがなんなのか気づいた。
初めて感じた「異性」への気持ち。
この気持ちがあると、心の中に何かわからない感情を抱いた。
「私、今まで男の子の友達っていたことなくて、誠也と初めて会った時だって、最初は怖かった。だけどあなたと初めてしゃべってみて、あなたは私の話を聞いてくれた。だからあなたには心を開けた。お父さんを亡くした苦しみを、誰にもわかってもらえなくて自分の中だけにしまいこんだ。だけどあなたに話せて、少し楽になった」
真夜はようやく気付けた。
なぜ誠也と一緒にいることがあんなに楽しかったのか。
もう学校でも誰にも相手にしてもらえなくなった自分を、誠也は受け止めてくれた。
「私が、私が好きになった人を、こんな形で失いたくない」
誠也と一緒にいると、心からなんでも話せた。自分に大きかった存在である父のことも、その父を失った悲しみも。
「私があなたのことを好きになったから、だからあなたと一緒にいて楽しかった。だから会えなくなるとわかった時には悲しかった。これからももっと色んなことをお話したいと思ってた。誠也との思い出がここで終わるなんて嫌だと思ったから。だからなんだよ」
真夜は心の中からようやくわかった自分の感情を素直にぶちまけた。
自分は誠也に「恋心」を抱いていたのだと。
「好き、か。はは……俺のことをそんな風に見てくれたやつがいたのか」
全てを聞き終えると、誠也は少し笑った。
「美香が死んでから、家の中が狂って家族ですらもう俺のことを好きになってくれなくなったし、自殺した家族のいる酷い家ってことで学校でも友達もいなくなった。もう誰も俺のことなんて見てもくれなくなった。そんな俺に『好き』か……」
今はあの時とまさに正反対の状況だ。
あの時に死にたがっていてそれを引き留めた誠也。
今は逆に生きる希望を抱いて死にたがっている誠也を引き留めたい真夜。
同じ場所で、こんなにも状況が違う。
「妹にもそうやって誰かを好きになる感情を知って欲しかったな。生きてればそうやって新たな出会いもあるって。でも、あいつはそんなこともできないほどに絶望していた。もうあそこで自分から希望も未来も断ち切ってしまったんだ。あいつも生きていたら真夜みたいになれたのかな」
誠也は大粒の涙を流していた。もうどうにもならない感情を静めることもわからないのだろう。
真夜は誠也が泣くところを初めて見た。
「だけど、もう手遅れさ。こんな状況から立ち上れるほど、俺は強くないんだ」
誠也は橋の柵の外側に足をつけた。
真夜のいるこっち側ではなく、足元に川が広がるあっち側へ。
「誠也!」
「さよなら真夜。少しの間だったけど、君と過ごせて楽しかったよ」
それはまさに、今から死のうとする人間の台詞だ。
「何言って……!」
「じゃあ、君はこれからも元気でな。さよなら」
「待って……!」
真夜の制止も届かず、誠也は柵から手を放し、そのまま仰向けの状態で空を見上げながら落ちて行った。
真夜が素早くかけよって腕を伸ばすも、間に合わなかった。
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