第18話 ワクワクのお昼ごはん
二人はコンビニに辿り着き、駐車場に自転車をとめた。
コンビニは二十四時間営業なのでいつでも開いている。開店時間などは関係ない。
「わあ。涼しい」
外で過ごしていた真夜にとっては店内に入ると、ひんやりと涼しい冷房の風が身体に染み渡る。
外のじりじりした熱が、一気に冷まされて気持ちがいい。
そして何を買おうかと店内を歩いた。
誠也はパンのコーナーを見ていて、真夜はおにぎりやお弁当の並んでいる冷蔵コーナーを見ていた。
自分でこうしてコンビニで昼食を選ぶ機会なんて滅多にないので真夜には新鮮だ。
棚には鮭、ツナマヨ、昆布、梅干しといった定番の具からから揚げ、牛カルビといった変わり種もある。そして五目御飯や炒飯。チキンライスのおにぎりといったものまでがある。
最近のおにぎりとはバラエティ豊かなものだと真夜は思った。
自分にとってのおにぎりとは、母が作ってくれるものという認識であまり買うことはない。
種類豊富な商品を眺め、真夜はようやく買うものを決めた。
誠也も何にするか決まったらしく、二人は会計を済ませてコンビニを出て近くの公園に行った。
河原の近くにあるこの町で大き目な公園である桜鳥公園という場所だ。
ゆったりと広い敷地で噴水がある池がある。雨風を凌げる屋根の下に机と椅子があり、ここで昼食を食べることができる。
木々がたくさん植えてあり、春には桜が楽しめ、秋には紅葉を楽しみながらここで弁当を食べることができるのだ。
広い芝生の場所では野球やサッカーなどスポーツもできて、レジャーシートを広げればそこでピクニックを楽しむことも可能だ。
「ここにするか」
二人は噴水近くの屋根のある場所へ来た。
河原と同じく水が近い為に少し涼しいし、風通しもよい、屋根があるから直射日光も当たらない。
コンビニ店内の冷房ほどではないが、少なくともただの路上よりはマシだ。
「じゃあ、お昼にしよう」
がさがさ、とビニール袋から二人はコンビニで買ってきたものを広げる。
誠也はコンビニの袋からパンを取り出した 焼きそばパンと卵コッペ。
真夜はおにぎりを二つ取り出した。家では具に出ないから揚げとチキンライスのおにぎりだ。
外を歩いてきてカラカラに乾いた喉にはまずは水分補給が必要だ。
真夜は買ってきたお茶を取り出す。ペットボトルの蓋を開けてごくん、とお茶を飲んだ
コンビニの冷蔵庫で冷やされていたお茶は冷たい。
喉に流し込むと、口の中が潤い、冷たいお茶がとても美味しく感じる。
こういう場所だからこそ、家で飲む麦茶ともまた違う。
誠也は四角い紙パックにストローを刺してコーヒー牛乳を飲んでいた
「なんでアニメや漫画って高校生のお昼ご飯のシーンは紙パックが多いんだろうね」
真夜は紙パックを見てそう思った。
「学校のお弁当って水筒を持ってきた方が安上がりなのにって思うけど、アニメとかでは紙パックやペットボトルの飲み物が多い気がする。毎日ご飯の度に飲み物を買ってくるってかえって高くつくんじゃないのかなって思っちゃう」
今日は自分も買ってきたお茶だが、去年学校に行ってた頃は飲み物というと水筒を持って行った。
中学校は金銭を持ってくることが禁止で校内に自動販売機はない。
あるとしたら水道に小さい給水機の水飲み場があるくらいだ。
「高校には紙パックの自販機が多いからじゃないかな。うちの学校にもあるぞ」
「そうなんだ。やっぱり高校は違うね」
学校内に自動販売機があって好きな飲み物を選べるのはちょっと羨ましい。
飲み物で水分補給をすると、二人はそれぞれが買ってきたものを食べ始めた。
「から揚げおにぎり、うまそうだな。変わり種を選んだんだな」
「うん。せっかくだから普段食べられないものを食べようと思って」
真夜はおにぎりに齧りついた。
おにぎりの中から味付けされた鶏肉が出てきてそれが実に白米に合う。
「私、梅干しが苦手なんだ。酸っぱいのが嫌で。昔、遠足のお弁当のおにぎりに梅干しが入ってて。お母さんにおにぎりに梅干しは入れないでって言ったのに、お母さんが入れちゃったんだ」
母に梅干しは入れないでと言っておいたが忘れてしまっていたのだろう。おにぎりに嫌いな梅干しが入っていて酸っぱいのを我慢して食べた。
「梅干しは疲労回復にいいんだけどな。おにぎりに入れれば腐敗防止にもなる。ただの白飯より具が入ってた方が俺は好きだけど」
「えー、でもおかずを食べるのに梅干しが合ったら、味が混じっちゃわない? ウインナーとか卵焼きとか、他のおかずの味とご飯と食べてるのに、梅干しがあったら味変わっちゃうよ」
「それはわかるな。梅干しって結構酸味が強いしな」
「でしょ?」
こういった普通の会話がやけに楽しく感じた。
「梅干しって意外とパスタとかに入れても美味しいらしいぞ、テレビでやってた」
「ええ? パスタに梅干しは合わないでしょ。パスタは小麦粉だよ」
「それが意外に合うんだと。海苔や青じそを乗せて、ソースは醤油風味で。明太子スパゲッティもあるし、意外とパスタって和風な食材と会うのかもな」
「そうなんだ。パスタって西洋料理のイメージあるけど和風なものにも合うって不思議だね」
風通しのいい屋根の下。
屋内ではなく外で食べる食事というのは、家や学校や飲食店ともまた違う。
「なんだか遠足みたい」
学校の机でもなく、家でもない場所で食べる昼食。
「普段はコンビニで買ったものとか食べないのか? それとも昼飯といったら弁当か?」
「私の学校、給食だったから」
「そうか、中学校なら給食があるな」
子供の頃は両親と共に休日にピクニックへ行ったが、大きくなるにつれてそれはなくなった。
真夜は小学校の遠足を思い出した。
山を歩いていてお腹ぺこぺこになった時のお弁当の時間。
班の子と一緒にたおにぎり。 四百円までと決められたおやつにはチョコレートは溶けるから禁止。ガムや飴もお弁当の時間以外にも食べられるから禁止。グミやスナック菓子が人気だった。
おやつを交換したり、お弁当が食べ終わった後は自由時間に遊んだり。
あの頃は友達がたくさんいた。
小学校は気軽に誰とでも話すこともできて、たくさんのクラスメイトと友達になることもできた。
高学年になるにつれ、クラスの中では次第にグループができていき、同じクラスでも大勢の中で数人のものと一緒にようになる。
中学生になると、それはさらに加速する。
中学校では真夜はあまり友人が多い方ではなかった。
同じ小学校だった友人とは入学する中学校が違い、それぞれ疎遠になった。
中学校では部活に入らなかったので同じ部活の友人もいなかった。
なので仲の良かった惟子とよく一緒にいたが、その惟子も転校してしまった。
数少ない同じ小学校を卒業した他のクラスの友人達も学校に行かなくなってからは完全に連絡を取っていない。
誰かに何かを言われるのが怖くなり、二年生になってからはクラスメイトともろくに話さなくなっていた。
真夜は何もかもを失っていた。そういうこともあり、誠也という友人ができたことは嬉しくてたまらなかった。
外で食べるのは美味しい。真夏で近年の夏はギラギラだけど、だから屋根のある公園で平日の昼間ということで公園にあまり人がいない。
そう。本来の十代ならば行かねばならない場所があるからここにはいない。
「この時間、みんなが学校で必死で勉強してる中、私達だけがここにいるんだね」
ここにいるのは真夜と誠也の二人だけの切り離された世界のようだ。
それは本来行かなくてはならない場所に行ってないからである。
真夜は不登校で学校に行っておらず、家には一人だ。
「一人の時って家ではどんな風に過ごしてるんだ?」
「家にある本を読んだり、前に買った漫画を読んだりかな。あとは適当にテレビを見るとか。家族のパソコンでネットを見るとか。でもね……」
真夜は少し寂しそうな顔になった。
「漫画やドラマで学校のシーンが出てくると辛いかな。みんなこうして学校へ行くのが当たり前なのに、私はその当たり前をやってないんだなって思わされるから」
学校へ行くということは本来の10代ならばやらなくてはならないもの。
それをしていない自分は、そういったものを見てしまうとやはり普通ではないのだと実感してしまう。
そしてやらなければならないことをしていないのに、ただダラダラしていいのかという罪悪感もある。
「別にいいんじゃないかそんなの。学校へ行ってないだけで普通の人間だろ。学校の授業なんて退屈さ。だから俺だってこうしてよくさぼってる」
誠也はそういうが、誠也はなぜ学校をよくさぼるのかが真夜は気になった。
しかし、お互いの学校については聞かない、それが暗黙のルールのようなものだった。
誠也が高校でどんな風に過ごしているのかは気になる。そして逆にさぼって何をしているのか。
真夜の方から自分から事情を話すことはOKだが、誠也にそれを聞くことはきっとNGだろう。
それを聞いてしまうと誠也はきっと嫌な気持ちになって真夜と一緒にいることが嫌になるだろう。
真夜はそれに触れないようにした。
「なんか、こうして外に出るだけで楽しいなあ。いつも家の中だけだから」
家族が暮らしていたマンションも、今は母親と二人。
その母も日中は仕事なのだから、あの空間を一人で過ごすだけだ。
やることもなく、自由なようなものだが、ただ同じ日々の繰り返しなだけである。
外に出ると、中学生が学校ではなく外でうろうろしていることに、同じマンションの住民などご近所の人々にどんな風な目で見られるかが怖かった。「学校に行きなさい」と説教をされてしまうのでは、とか「なんで学校に行ってないの?」だのと聞かれるのではと。
「じゃあこれからもまたどこかへ行こう。こうして外で何かをするだけでも違うだろ」
「うん。ただ家にいるだけよりもずっと楽しい」
二人はそうして公園で過ごしていた。
その後、誠也と別れて真夜は帰宅した。
真夜はこの日も楽しかった。
これまで不登校になってから、何も楽しいこともなくただ退屈な日々を過ごしていた。
そこに新たな楽しみができたようなものだ。暗い気持ちも晴れて少し前向きになれる。
誠也との会話は自分のことを話すことも楽しいし、年の近い者との会話というのはこんなにも楽しいものだったのかと感じた。
学校に行かず、年の近い者としゃべる機会を失っていたのだったからなおさらそう感じる。
誠也は別れ際に「また二日後にあそこに来る」と言っていた。
真夜はまた次の二日後が楽しみだった。
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