七月十二日(金曜日)

第19話 あなたとハンバーガー

金曜日。真夜はあの河原に来た。


今日は誠也が先に例の場所へ来ていた。


「おや、今日は帽子をかぶっているのか。可愛いじゃないか」

「うん。暑いからかぶってきた」


 二日前、誠也がキャップをかぶっているのを見て、真夜も暑さ対策に帽子をかぶってきたのだ。


 つばの小さめな円盤型の白い帽子だ。かつて母が使っていたもののおさがりである。


 今日はどんなことを話すのだろう、とワクワクしながら真夜は誠也の隣に座った。


「真夜、今日は涼しいところへ行かないか。昨日は公園だったけど、やっぱり屋内の方が涼しいだろう。冷房のきいたところに行かないか」


「涼しいってどこ? どこかの建物?」


 とはいってもこの町では行く場所が限られている。


 ここから自転車を20分ほどこげば小さなショッピングセンターならある。


 娯楽施設の少ないこの町では、若者が楽しめる場所なんて限られるのだ。


 交通の便があまりよくないこの地方都市は車社会なので車がなければ遠くには行けない。当然ながら未成年の二人は車など持っていない。


「昼飯、今日はハンバーガーにしないか。今日までのスマホクーポンがあるんだ」


「ハンバーガーってことは、ファーストフード?」


「そう。涼しいし、いいと思うぞ」


 この町にあるのは規模の小さいショッピングセンターではあるが、確かにファーストフードなら数店舗入っている。


 ファーストフード店なら店の中はきっと冷房が効いていて涼しいだろう。


 きっと昨日の公園とは違った空間が広がっている。


 誰かとファーストフード、真夜にとっては憧れていたことだ。


 漫画やドラマでは女子高生がファーストフードでおしゃべりというのが定番だ。


 しかし、真夜には一緒に行ってくれる友人がもういない。


 かといって家族とも行かない。小さい頃は子供向けメニューの玩具がもらえるのが楽しみで、たまに買ってもらったりもしたが、大きくなると行く目的もないのだ。


 だからこそ、大きくなって友人とそういった場所に行くことが憧れだったのに、実際はそんなことにならなかったのだ。だからやってみたいという好奇心がある。


「うん。行きたい! 私、ファーストフードってあまり行かないから」

「じゃあ決まり。あのショッピングセンターに行こう」


 二人は自転車に乗って、その場所へと向かった。





 ショッピングセンターの駐輪場に自転車をとめて、自動ドアから店内に入ると、涼しい風が吹いている。


 平日昼間のショッピングセンターはやはりというか休日ほど客が多くなく、店内の広々とした空間は客がまだらだった。


 これが休日になると子供連れや友人同士での若者の買い物客でいっぱいになる。


「クーポンがあるのはあの店舗だ」


 二人はショッピングセンター内の目的のファーストフード店に入った。


 カウンターでは店員が注文を取っていた。平日の放課後の時間帯なら学生客でいっぱいの店内も、今は空いている。カウンターの店員の背後にあるメニュー表を眺めた。


 ハンバーガー、チーズバーガー、チキンバーガー、フィッシュバーガー等々色んな種類のバーガーの名前があり、期間限定賞品の写真が大きくプリントされている。

 サイドメニューにはポテト、サラダ、チキンナゲットなど。

 ジュースからコーヒーにお茶などドリンクも様々だ


 普段あまり行かない場所だからこそ、いざこうしてカウンターに来てみるとドキドキした。


「いらっしゃいませ。ご注文は何になさいますか?」


 普通なら学校に行ってる時間だというのに自分達のような年頃の客が来たら店員にどう思われるのだろうか、という不安があったが、店員は特にそういったことは聞いてこない。


 不登校というよりも単なる学校が休みかもしくは何等かの理由があっての早退と思われているのだろうか。それか店によっては商売上客が来ればいいので気にしないという側面もあるのかもしれない。


 二人が注文したのは真夜がハンバーガーセットで、誠也はチーズバーガーセットで誠也はさらにチキンナゲットも注文していた。


 二人はそれぞれのトレーを持って、店内で空いてる席を探す。


「どこか空いてる席はないかな」


 平日とはいえ、昼に近いこの時間だとそこそこ混んでいる。


 学生は学校に行ってる時間だが、サラリーマンなど社会人が少し早い昼休みに昼食に来るなど、この時間にシフトを入れてないフリーターなど意外と利用客が多いのだ。

 逆に中高生らしき客はいない。


 中にはパソコンを開いて何やら作業をしている者もいる。


 平日のこの時間帯にファーストフードに行ったことがない真夜にとっては新鮮だ。

 やはり高校生と中学生である自分達の年齢の層がいないのは楽である。


「あそこの席、空いてるぞ」


 誠也が見つけたのは窓際にある二人席だった。席が向かい合わせに食べられる小さいテーブルがある。


 そこへ二人はとん、とテーブルにトレイを乗せた。


 椅子に座り、テーブルにフードを置くと、まさに漫画やドラマでよく見る光景だ。


「こういうところって友達と行くイメージあるけど、私はあまり友達多い方じゃなかったからこういうのできなかった。漫画みたくこういう時にワイワイおしゃべりするってのも憧れてたんだけどね」


「俺は一人でもたまに来るけどな」


「私は一人の時だとテイクアウトかな。なかなかお店で一人で食べるって勇気が出ない」


 そこはまさに男子か女子かの違いだろう。もちろん女子でもこういった場所に一人で来る者もいるだろうが、真夜にはそれができなかった。


「じゃあ、いただきます」


 真夜はストローをさして、オレンジジュースを飲んだ。


 暑い外にいてカラカラに喉が渇いていたところへの冷たいドリンクはまるで身体にしみ込んでいくかのようなありがたさを感じた。


 氷も浮いており、その氷ごと齧って食べたいくらいである。


 誠也はコーラを飲んでいた。


 平日のこんな時間に中学生がいる、と変な目で見られないかという不安もあったが、そんな視線は特にない。二人とも、ここでは客の一人でしかないのだ。


「ペットボトルもいいけど、こういう氷が浮いてるのはまさにお店ならではだね」


 ペットボトルや缶ジュースや紙パックには氷は浮いていない。


 そういったドリンクは店の冷蔵庫で冷やされてはいるが、氷は浮いていないのだ。


 ドリンクで喉を潤して、次はハンバーガーだ。


 包み紙をカサカサと開き、真夜はハンバーガーにかぶりつく。


 ふわふわのバンズ、ジューシーなパティ、それに挟んであるケチャップ。


 久しぶりに食べるハンバーガーはやけに美味しく感じた。


 ハンバーガーというのはこんなに美味しいものだったのか、という感動すらある。

誰かと来ているという高揚感もあってだろうか。


 真夜ははポテト、誠也はナゲットを食べた


 カリカリのポテトの中身はほくっとしたジャガイモの食感。


 フライドポテトとは不思議た。


 ただジャガイモを切って揚げただけであり、塩のみというシンプルな味付けなだけなのに、なぜこんなにも美味しいのか。


 揚げた芋に塩、ただそれだけなのにいくらでもパクパク食べることができてしまう。

 油と芋、フライドポテトを最初に発見した人は天才だとも思える。


「こういうお店で食べるってのもいいね。テイクアウトだとどうしても家に持って帰るまでに冷めちゃうから」


「だろ。こういう涼しい店内でってのが格別なんだ」


 誠也は食べていたチキンナゲットの箱を真夜に差し出した。


「ナゲット、食べるか?」


「いいの?」


「ああ。遠慮しなくていい。ほら、これソースな」



 容器には五個のナゲットが入っていて。付属のソースがついている。

 真夜は遠慮なくそれを一つ手に取った。ソースの容器にとぷ、とナゲットを少しつけて、とろりとソースが付く。


 ぱく、と食べてみるとカリカリ食感で温かく肉汁が出てジューシーなナゲットは冷凍食品のから揚げとは全然違う。


「美味しい」


「だろ。こういうのは持ち帰りではどうしても冷めるからな。店内で食べるからこそだ」


ファーストフードで男女で二人、なんだかデートのようだ。


 漫画でよく見る、男女でのデート。あれはこういうものか。と、ふとそんなことを考えてしまう。好き合ってる男女がこうして外でデートをして愛を深めるというあれだ。


 一瞬そんなことを考えたが、真夜はそれをすぐに頭から消した。

(何考えてるんだろう私、誠也は彼氏でも恋人でもなんでもないのに)


 誠也はあくまでも友人だ。学校だって違うし、年齢も違う。


 あくまでも友人としてここに来ているだけだ。そもそもただでさえ学校にも行ってない不登校な自分と誠也はあまりにも釣り合わない。誠也ほどのルックスならもっと相応な女性がきっとたくさんいるだろう。


(でも、もしも本当に誠也みたいな男の子が彼氏だったら……)


 そんなことをこの場で決して言ってはいけない、と真夜は思うものの、少しだけそんな妄想もしてしまう。

 こんな不登校な自分に恋人ができるだなんて思えないけれど。

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