第20話 あなたとゲームセンター

 ハンバーガーを食べ終わって、二人はトレーのゴミをダストボックスに入れて、トレーをその上に重ねた。


 この後はどうするのだろうか。また昨日のように昼食を食べ終わったらそのまま解散か。そんなことを考えていると、誠也はこう言い出した。


「この近く、ゲームセンターがあるんだけど行ってみるか」


「ええ、ゲームセンターなんて二人で入っていいの?」


 ゲームセンターは不良が行く場所という怖いイメージがある。


 真夜の中学校でもゲームセンターには行くなと言われていた。


 喧嘩やカツアゲなどのトラブルがあるはもちろんだが、金銭的にギャンブルなことをしてしまうというのはよくないというものもあるのだろう。


 ショッピングセンターのゲームコーナーにすらもそれはいわれている。


 噂では休日のゲームセンターは教師が生徒が来ていないかと見回りに来ているという話すらある。

 見つかれば怒られるだろう。


「いいんだよ。平日のこの時間帯ならゲーセンって意外と空いてるんだぜ」


 ゲームセンターとなると利用者の大半は学生だろう。


 しかし、平日の昼間は学生は学校に行っている。


「でも、不良とかいるんじゃない?」


 普通の学生ならば学校に行くが、不良は学校に行かずさぼって遊んでる者もいるのではないか。


 そんなものがいるのではないのかと不安になる。


「大丈夫だよ。俺、今までよくそのゲーセン行ってたけど、こんな田舎町に不良なんて見たことないぜ」


 誠也がそう言うのなら信じられる気がする。二人はそこへ行くことにした。


 真夜はどこにゲームセンターがあるかを知らない。


 自転車に乗って、先をゆく誠也の後をついていくことにした。


 誠也がよく行くというゲームセンターに到着して、自転車を駐輪場に置いた。


 店内に入ると、そこは外とはまるで別世界だ。


 様々な筐体の音やBGMが鳴り響く、まるで複数の電話の着信音を同時に鳴らしたかのような騒がしい場所だ。多数の筐体の音楽や効果音などが複数同時にあちこちで鳴り響いているのだ。


 色んな方角から、あらゆる筐体の音楽が聞こえてくる。


 パチンコ店なども店の前を通り過ぎるだけでこんな音が漏れて聞こえてくるくらいだ。その店内はまさに賑やかなものである。


 ショッピングセンターのゲームコーナーはぬいぐるみのクレーンゲームやお菓子のタワーを落とす筐体などの子供向けの筐体ばかりだが、ここはもう少し大きい年齢層向けだろう。


 格闘ゲームやメダルゲームの筐体など、座ってじっくり楽しめるものが多い。


「どれをやる?」


「うーん。っていっても私、こういう場所あまり来ないからわからないなあ」


「じゃあ、あれに挑戦してみないか」


  誠也が選んだのは譜面に合わせて太鼓を叩いてリズムゲームだ。


 二つの太鼓型の筐体がありそれにバチがついていて、二人で対戦できる。


 一回二百円と中学生である真夜にはなかなか高額だ。


 しかし、ゲームセンターのゲームをよく知らない真夜にとって、まずはじめにできそうなものはそれだろう。


「わかった、やろう」


 二人は筐体の前に横に並び、それぞれ金額をコイン投入口に投下した。


 スタート画面が現れ、バチを叩いて選択する。


「真夜は初めてならまずは簡単なモードにしよう」


 難易度はハード・ノーマル・イージーがあるが、まずは優しめのイージーモードからだ。


「真夜も知ってる曲にしよう。どれにする?」

「えーとね……」


 バチを叩いて、画面を操作して曲を選ぶ。


 曲名にサビ部分のサンプル音が流れる。


 子供向け番組の曲、アニメやドラマの主題歌、クラシックなど様々だ。


「あ、これなら知ってる」


 真夜が選んだのは最近の流行りの歌だった。


 ドラマの主題歌で、歌番組ではアーティスト本人が歌を披露したり、テレビでもよく流れるのので真夜にも聞き覚えがある。


「じゃあこれにする」


 バチを叩いてスタートを選び、ゲームが始まる。音楽が流れ始めた。


 同じ画面の上と下に譜面が流れ、右から左へと音符が流れてくる。


 音符に合わせて、太鼓を叩くとそれがヒットすれば得点になる。


「あれ、結構難しいな」


 真夜は譜面に合わせてバチを叩いた。知っている曲なのでリズムのテンポはわかっていてなんとかその譜面の感覚はわかる。


しかし、このゲームを全然やったことのない真夜には流れてくる音符になかなか合わせて太鼓を叩けないし、連打のところは素早くバチを振ることができなくて、太鼓が叩けず、タイムロスをしてしまう。


 誠也はやはり慣れているからか、真夜よりはうまかった。

 誠也は譜面を一つもミスせず、全てを叩ききった。


 曲が終わり、結果発表になる。真夜はポイントゲージが低めだったが、誠也はフルコンボだった。


「誠也、すごーい」


「まあイージーだとこんなものだな」


 誠也はやはり慣れているのでリズムゲームに強い。

 真夜が悪戦苦闘しているものも軽くこなすのだ。


「もう一曲できるけど、次はどれにする?」

「えーと、じゃあね……」

 初めてのリズムゲームだが、誠也と一緒にやるからか真夜にとても楽しかった。





 太鼓のゲームが終わると、二人は再び店内を見て歩いた。


「次は何をする?」


 格闘ゲームやメダルゲームは真夜にはできないだろう。


 そもそも一回プレイするだけにお金のかかるゲームセンターは中学生の真夜にとっては所持金が厳しい部分がある。うかつに色々挑戦することができない。


「あ、このぬいぐるみ可愛い」


 真夜はクレーンゲームの前で立ち止まった。よく見てるアニメのキャラクターののぬいぐるみだった。


 最近のゲームセンターの景品というと、子供向けのアニメのキャラクターだけでなく、大人にも人気ないわゆる深夜アニメの人間キャラのデフォルメのぬいぐるみが多い。


 SNSでも好きなキャラのぬいぐるみと共に外出して、食事や背景と共にぬいぐるみを置いて撮影する。「ぬい撮り」という文化も流行っているのだ。


 真夜はSNSをやっていないが、ネットのニュースなどでよく見かける。


「やってみようかな」


 筐体の中にはクレーンがぶら下がっていて、それは囲むような三本のアームがついている。賞品の位置にそれをうまく操作して、それで景品を掴み上げるスタイルだろう。



「やめておきなよ。こんなの取れっこないさ」


 真夜が興味津々で眺めていたところを誠也が止めに入った。


「どうして?」


 誠也はゲームが好きならば、こういうものこそ好きなのではないのだろうか、と真夜は不思議に思った。


「こういうのは確率機っていって、テクニックでとれるものじゃないんだよ」


「かくりつき?」


「アームが弱く設定されていて、ある程度の金額を投下しないと、アームが弱いままで景品を掴んだとしても、掴み上げることはできないんだ」


「どういうこと?」


 クレーンゲームとは景品のある位置にアームを操作し、それでうまく位置を合わせて景品を掴めるとそのまま持ち上げて穴へ運ぶことができるものなのではないのか。


「最初からほんの数回でとれるものじゃないんだ。アームを景品の位置に動かして景品を掴むことができても、持ち上げることはできないんだ。アームの力が緩くてすぐに落ちる。何度も何度もお金を入れて費やして一定の金額をかけたらやっとアームの力が強くなるってやつ。こういうのはそこそこの金額を投下しないアームの力が強くならないから、いくら位置を合わすことができても、景品を持ち上げることができないから結局は取れるまでに大金を使用することになるだけなんだ」


「ええー。何それ、クレーンゲームじゃないじゃない」


 ゲームセンターに全然行かないのでそういった知識がない。


 アニメや漫画ではデートシーンでヒロインがぬいぐるみなどの景品を欲しがって、男性キャラがテクニックでそれを獲得して喜ばせるというのが定番だが現代のゲームセンターではテクニックがあったとしても、すぐには絶対に獲得できないようになっているものが多いらしい。


「なんだ。残念。こういうのってうまかったらすぐにとれるものだと思ってたのに」


 クレーンゲームにそんなシステムがあるとは知らなかった。


 腕がうまければほんの数回で取れると思っていたのだ。


「じゃあ、他の筐体も見てみたいな」



 普段がゲームセンターに行かないのだから、こうして店内を見て回る機会が全然ない。


 他のクレーンゲームを眺めていると、筐体の窓の中でアニメキャラクターの立体的なリアルな造形のフィギュアの箱が手前の三本の上に置いてある。


 複数同時に箱が並んでいるのではなく、ほんの一箱だけの景品が置いてあるのだ。


「こういう箱のフィギュアってどうやってとるの?」


 見た感じ、このアームを操作して、フィギュアを掴み上げるものなのだろうか。


 しかし、クレーンのアームでこんなつるつるしていそうな箱を持ち上げることができるのだろうか、と真夜は疑問に思った。


「ああ、これは掴むものじゃなくて下に落とすものなんだよ。これはアームをちょっとずつ当てて、どんどん動かして穴に落とすんだ。だからこれも、お金を投下して何度も地道にやってみて少しずつ動かした上でゲットできるんだ。まあ確率機よりはテクニックによってはすぐ取れるかもな」


「へー」


 とはいえ、真夜にはそんな何度もお金を投入できるほどの金銭はない。やはりゲームセンターという場所にはできるものが限られているのだ。


「じゃあ、あれやってみたい」


 真夜が指さしたのはプリクラの筐体だった。


 これなら操作する腕前など関係なく、写真を撮るだけだ。


 中学生になったら、友人とプリクラを撮りに行くことに憧れていた。しかし、実際はゲームセンターに行くなという校則があり、行くことはできなかった。


 そもそも友人の少ない真夜にとっては、そうやって気軽に話せる友人が惟子しかいなかった。


「こんなことしなくても、今はスマホのカメラアプリでいくらでも撮れるだろ」


 今はプリクラの筐体でわざわざ撮影しなくても、スマホで写真を撮ればそれをカメラアプリで加工することができる。


 プリクラのように文字を入れることができるのはもちろん、顔を変形させて別人にように加工することも、キラキラやハートなど特殊な絵を入れることだってスマホでできるのだ。


「だって私、スマホ持ってないし」


「ああ、そうだったな。じゃあやるか」


 プリクラの筐体のカーテンの中に入ると、一回四〇〇円だった。


 他のゲームに比べて高めである。プリクラのプレイ料金が高めなのは数人で入ってそれを数人分で割り勘をすることが前提だからだ。例えば四人で来れば一人一〇〇円で済む。


これは撮影する人数で割り算をして投入するものなので真夜は二人なのでそれぞれ二百円ずつ出すということになる。


互いに200円を投下して、スタート画面を押す。


全身モードで撮影するか、上半身だけで撮影するかの選択肢が出た。


「どっちにしよう」


「どっちでもいいだろ」


「じゃあ、全身モードにする」


 機械音声のナレーションが流れる。


『真ん中に寄って、笑顔でポーズを決めてね』


 そういわれ、二人は真ん中に寄った、


『3、2、1、はいチーズ!』


 パシャという音が鳴り響き、筐体の画面にはまだ何も描かれていない、ただ二人だけの質素な画像が映った。


「あ、綺麗に映ってるー」


「へえ、スマホカメラ並に綺麗に撮れるものなんだな」


 男子なのでこういったプリクラという女子向けのゲームをよく知らない誠也にとってはこういうものだということが珍しいようだ。


『もう一枚撮るよー。今度は上半身で」


 筐体からはまた音声が流れた。


「え、もう一枚撮れるの?」


 一枚で終わりかと思いきやもう一枚あるようだ。しかも今度はさっきとは違う上半身モードと来た。


「今度は身体を寄せ合ってカメラに向かってピース!」


 上半身ということで今度はカメラのズームが狭く、画面に映るカメラ映像が小さい。


 カメラのある方に二人映るようにするにはもう少し互いの身体を近づかねばならない。でなければ先ほどよりも画面が小さい分、見切れてしまう。


「何してるんだよ。ほら、こうだろ」

 誠也はずい、と身体を近づけた。


 誠也と身体がひっつく。カメラ画面には二人が寄せ合っている構図が映し出された。


 こんなに距離が近い、男の子とこんなことをしてるのはドキドキだ。


 女の子同士のプリクラ撮影とはまた違うと感じた。


(やだ、ドキドキする……)


 真夜がそんなことを考えると、機械音声は容赦なくナレーションをつづけた。

『はい! 3,2,1,チーズ!』


 再びパシャ! というシャッター音が鳴り響いた。


 撮影が終わると、写真にペンで文字や記号を書き込めるモードになった。


「こういうのやったことないな。真夜に任せるよ」


「えー、私だってあまりやったことないよ」


「じゃあこの猫耳とかつけられるやつはどうだ? それに日付を入れればいい」


「そっか。シンプルでもいいんだね。やってみる」


 タッチペンで画面を操作して、猫耳やうさぎ耳を付けられるスタンプを選び、日付をタッチする。


 これだけでは寂しいなと背景にキラキラした加工を入れた。


「よし、これでオーケー!」


 プリントされた出てきたシールを受け取った。


 二人の顔には猫耳と髭がついて、背景にキラキラの加工が入り、今日の日付である『7月12日』という文字が入っていた。


「あはは、面白い顔」


「なんだこれ、笑えるな」


 自分達の顔に猫耳が生えていて、思わず二人は笑った。


 ただの写真ではなく、加工が入った特別な写真なのである


「今の時代、スマホのカメラアプリでいくらでもこういうのできるんだけど、やっぱり撮る時のワクワク感がいいよね」


「ああ、手で持てるスマホで撮影するのとはまた違う楽しみ方ができたな」


 シールを切り取って分けて、互いの財布にしまった。


 そして財布の残金を確認すると、残りは厳しいことになっていた。


「もうお金なくなっちゃった」


「あまり金持ってなかったのか」


「うん。ハンバーガーも食べたしね」


 ゲームセンターではほんの数百円を使っただけだが、それは中学生の真夜にとってはなかなかの金額だ。そもそもその前にファーストフードですでにいくらか使ってしまっている。


「じゃあそろそろ出るか」


 予算も尽きたことなので、二人はゲームセンターを出ることにした

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