第21話 あなたと次の約束

「ゲームセンター、楽しかったね」


「ああ。やっぱりこういうところもいいものだろ」


「うん。普段は行かない場所だから」


 二人は駐輪場に向かおうとしていた。


「ちょっと君達」


 突然後ろから声がかかった。


 二人は振り向いた。


 そして真夜は驚愕した。


 声をかけてきたのは眼鏡をかけた、警察官の制服を着ていた中年男性だった。


「君達、中学生かな? 学校は」


 補導員だ。先ほどまではいなかったので安心してゲームセンターに入っていたが、油断していた。


 すっかり記憶から抜けていたが、学校の朝礼などでゲームセンターには補導員が立ち寄ることがあると言われていたのを思い出した。


「どこの学校かな?」


「え……と……」


 真夜は凍り付いた。これまでは日中に外を出歩いていてもこうして大人に話しかけられることがなかったからだ。しかし、ここはゲームセンターの敷地内という特殊な場所だ。


 真夜が樫木中学校の生徒だとわかれば、間違いなくすぐに学校と保護者に連絡がいく。ただでさえ行ってはいけないといわれているゲームセンターに行ってたところがばれたのだ。


 しかも日中に学校にも行かないでこんな場所にいたというのもマイナスになってしまう。


 真夜は心臓がバクバクして動けなくなった。


 と、そこへ誠也に強く腕を掴まれた。


「まずい、逃げろ」

「きゃっ」


 誠也は真夜の腕を引っ張り、走り出した。


「待ちなさい君達!」


 後ろを振り返らないように、足を止めないようにしながら、走っていく。


 真夜は足が震えてがくがくになりながらも、誠也に引っ張られ、とにかく走った。


 無我夢中で走り、誠也はゲームセンターの後ろに回り、非常階段の影に真夜を連れ込んだ。


「はあ……はあ……ここまで来れば大丈夫だろ」


 その際、誠也は真夜を隠すように、胸に抱きしめた。誠也としては真夜を隠すことしか頭に考えられなくての行為だが、真夜は突然の出来事に戸惑った。


 補導員に見つからないかという恐怖と、隠れたことによるスリル、無事に見つからずに隠れることができた安心感とこの状況。色んな感情が交錯して、真夜はまだ震えていた。


「真夜、大丈夫か?」


 まだ震えが止まらない真夜だったが、誠也の落ち着いた声でやっと冷静になれた。


「なんか、ごめん。私、びっくりしちゃって何もできなくて。なんかドキドキしちゃった」


 恐怖と戸惑い、安心感とときめき、それにより、まだ心臓のドキドキは収まっていなかった。


「こういうのって漫画とかであるよね。ピンチになって逃げて、そして隠れるって」


 アニメや漫画でよく見かけるシチュエーションだ。追いかけられて逃げて、どこかへ隠れる。


 そんな体験は実際にするとただの恐怖でしかないが、今は誠也が傍にいたことで安心できた。


「俺一人だったらいつもそこまで気にされることないんだけどな。補導員もあまりここでは見かけなかったし。」


「あ、そっか……ごめん」


 いつもは一人、今日は真夜と一緒にいたからこそ話しかけられてしまったのではと思える。


 運悪く補導員と鉢合わせもしてしまい、真夜は申し訳ない気持ちになった。


「別に真夜のせいじゃない。行こうって誘ったのは俺だし」


 誠也は自分なりのフォローのつもりだった。真夜もここに来ていいのかの戸惑いがあったがついてきた。しかし真夜は一緒にここにいてしっかり楽しんでいたのだから悪いともいえない。


「でも、やっぱりこんな時間に出歩いてた私達もまずいよね」


「ああ。今日はもう帰るか。さっきみたいに見つかるとまずいし」


 こんな状況でこれ以上出歩くのは難しいだろう。そもそも真夜自身がもしも見つかっていたらという恐怖におびえているのがわかる。


「真夜、次もまたあそこに来るか?」


「え……」


「明日は土日を挟むから、俺はやることがあって行けない。学校さぼってる分、休みはちゃんと勉強してるように見せる為に家にいないと親に怪しまれるんだ。だから次は来週の月曜日……一五日になるけど」


 誠也はまた次に会うことを誘ってくれている。そう思うと真夜は戸惑った。


 こんなことがあったのに、次にまた会ってもいいのかと。


「次は昼に会うんじゃなくて、夜に会わないか」


「え、夜?」


「昼に出歩くと、こうなったりするし、リスクがあるならやっぱりまずいかもしれない。なら夜に出かけてみないかと」


 日中ではなく、夜という時間。確かに昼だとこうして補導員と鉢合わせする危険性がある。


 しかし夜というと、夜遊びといった危険なイメージがある。


 それではそれこそ本当に補導対象ではないのだろうか。


 夜遅くに出歩くというのは本当の意味でやってはいけない。


「夜っていっても、夜遅くじゃないぞ。俺も高校生だから十時以降は外を出歩いちゃだめだし」


 夜遊びというと、深夜に遊んでいるイメージがあるが、誠也は真夜より年上といってもまだ高校生だ。高校生にも条例があり、都市にもよるが夜遅くまで出歩いてはいけないという決まりもある。


「それに夜っていったって、こんな地方の田舎じゃ夜に俺達みたいな若いやつらが遊べる場所なんてないしな」


 この町には若者が遅くまで遊べるクラブやライブ会場のような娯楽施設や夜遅くまでやってる店はほとんどない。。大抵の店は十時には閉店する。なんなら7時になればもう営業終了する店だって多いのだ。


 未成年なのだから居酒屋やバーといった場所に行くこともできない。そもそもお金だってない。


 夜遊びの補導も何も、そもそも夜に出歩けいて遊べるような場所なんてものもないのである。


「そうだなあ。じゃあ次に会うのは夜の七時半くらいならどうだ?」

「七時半……」


 深夜の出歩きは高校生でも禁止だが、確かに七時半という時間はまだ学生も多く外にいる。


 中学生や小学生でも部活や塾や習い事などでその時間帯に外へ出ているのは珍しくない。


「なんで夜なの?」 


 午前中や昼間だとやはり今日のような状況もある。


 しかし、だからといってなぜ夜という時間帯なのか。


「いつも会うあそこの保羽川の河原で星を見るんだ」


「星……」


「夏の夜の星座を眺めるっていうのはどうだ? それなら俺達みたいに学校をさぼってるやつでもできる」


 空を見る。確かにそれは娯楽施設も店もお金がなくてもできることだ。


 夜に星を見る。そんなことは普段していない。真夜の住むマンションのベランダは隣の満床などさえぎるものがあるので窓からうまく空を眺められず、星を見ることはできない。


 かといって、わざわざ用事もなく夜に出歩くこともないのだ。


「星を見るなら夜もできるだろ? それなら会うことができる」



 夏は日が暮れるのが遅い。なので星を見に行くとしたら夕方よりも少し遅い、そこそこの時間になる。真夏の今の七月は六時になっても明るいなんて当たり前だ。


 真夜の母は仕事でいつも十時以降に帰って来る。


 なので七時半は母親が家にいない時間帯なのだから家を出ても見つかることはない。


 母が帰宅する時間帯ともずれていて。きっと母とすれ違うこともない。


 いまいち星を見る魅力はわからないが、真夜にとって誠也にはまた会いたい。


 次に会う為に誠也がそんな案を出してくれているのだから、それに賛成することにした。


「うん。行きたい。星空、眺めてみたいな」


「じゃあ決まり。明後日はその時間帯に約束な」


 そう言って今日は別れることになった。


 補導員がいないことを見計らって、うまく自転車を取りに行き、それに乗って帰る。


 いつもと違う時間帯に誠也と会えるということで、それもドキドキした。


 少し怖いことがあったが、それでも真夜にとっては誠也が次に会う約束をしてくれたことが嬉しかった。


 家に帰ると、財布の中には今日撮ったプリクラが入っていた。


 猫耳を付けた、無邪気な顔。7月12日という今日の日付。これは大事な思い出にしようと思い。


 机の横の壁にかけてあるホワイトボードに貼ることにした。


 次に会うのは夜。いつもと違う時間帯というのが今までと違うようでドキドキした。


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