第26話 次の約束

 誠也とここしばらく一緒に過ごしてとても楽しかった。


 ただ家に引き込まっていただけの自分が心から楽しいと思えるようになった。

 誠也に会うことで、何かが変わった気がしたから。


 でもそれは結局、やらなければならないことから逃げていただけだった。

 落ち込む真夜を見かねてなのか、誠也はこう言った。


「じゃあ、せめて夏休みの最初だけ、二人でどこかへ行かないか?」

 誠也はそんな案を出した。


「ほら、どうせもうこうして会えなくなるんだからさ、最後くらいはぱーっと行こうってことさ」


 このまま会えなくなるのではなく、夏休みの最初は会おうということだ。


「どこかへって?」


「俺達、もう会えなくなるかもしれないから、せめて最後の思い出作りにって」


 最後の思い出作り、その言葉は真夜にとってはもうすぐ誠也に会えなくなるという現実を見せられている言葉な気がした。


 しかし、このまま寂しくお別れなんて嫌だ。


「でも、どこへ行くの?」


 行くとしても最後になるかもしれないことをどこで過ごそうというのか。


 この地方都市には商業施設は少ない。どこかへ遊びに行くといっても、この前行ったショッピングセンターやゲームセンターの他だと映画館など限られる。


 中学生である真夜にはあまり買い物をするような金銭はない。


 コンビニで昼食を買ったりファーストフードなら食べられるが、あまり高い飲食店での食事はできないのだ。そしてお金のかかることもできない。


 車社会のこの地方都市では電車やバスなど公共交通機関だって乏しいのだ。


 特急列車などを使った遠いところへ行く交通費など、中学生である真夜にはない。


 自分達は車を運転できないのだから移動手段は自転車くらいだ。


 となると、行ける場所には範囲に限りがある。


 距離的に自転車で行ける場所。なおかつお金のかからない場所だ。


 そのくらいに行く場所が限られるこの地方都市でどこへ行こうというのか。


「そうだな、スポーツ観戦なんてどうだ?」


 誠也の出した案に真夜は疑問を浮かべた。


「スポーツって? この町に球場とかそんなのあったっけ?」


 スポーツ観戦ができる場所などあっただろうか。そもそもこんな田舎町に本格的なスポーツ観戦のできる場所はない。プロのスポーツ選手が試合をできる場所だってないのだ。


 もしも本格的なスポーツ観戦に行きたいなら電車などで遠征する必要がある。


「ほら、ここからはちょっと遠いけど、県営体育館あるだろ? あそこって夏休みにはこの市での学校中が集まって部活の大会やるんだ。屋内だとバスケとかバレーボールとか。その日、バスケの大会があるんだってさ」


「バスケットボール?」


この町には中心部よりやや離れた場所に県営体育館がある。


 大抵、この地域でのスポーツの試合はそこで行われるのだ。


 市の多数の学校の部活の大会がある。特に夏休みなどは多い。


「金もかからないし、自転車で行けないこともないだろ?」


 スポーツ観戦でも市の大会の観戦なら入場料があるとしても安い。あくまでも市内の学校の大会であって本物のプロ選手の試合ではないからだ。


 一般の学校の部活の大会ならば確かにこの市内で行われる。


 スポーツ観戦といっても見るのはプロのスポーツではなく、一般人である学生の部活の試合だ。


 確かにそれならこの地域でもできないことはない。


 どんな場所へ行くのか少し期待したが、この町でできることはそれくらいだろう。

学校の生徒の応援はもちろん、保護者や一般人も観戦に来るのだ。


 確かにそれならこの市内でできることだし、自転車で行ける範囲なので行けないこともない。


 あまり気乗りしないが、誠也がそこへ行きたいというのならばそこに行くしかない。


 他に行きたい場所はないし、そこだけが誠也との最後に会えるチャンスなのだから。

 このまま何もせずにさよならは嫌だ。


「わかったよ。そこへ行こう」


 真夜は賛成した。最後にまともに会える日には会っておきたいと。


「よし、決まりだ。じゃあ2日後の21日の日曜日だ」


「え、日曜日? 休日に外へ出ていいの?」


「夏休みは平日に補習へ行くんだ。最初の土日くらいは外に出てもいいさ」


「そうなんだ」


 誠也がその日に行こうといっているのだから、その日しかない。


 その日以外は都合がつかないのだろう。


「じゃあ今日は帰ろう。二日後、楽しみにしようぜ」

 約束をして、この日は帰ることになった。






 家に帰って、真夜は複雑な気分になった。

「もう誠也に会えないのかあ」


 ここしばらく、誠也に会うことが楽しみで仕方なかった。


 家にただひきこもっていた自分が外に出て楽しいと思うことだった。


 あの時、孤独でどうにもならない自分を救ってくれたから。


 その誠也ともう会えないとなると、これからは何を楽しみに生きて行けばいい?

スマートフォンは解約されているから個人で連絡を取ることはできない。


 次が誠也に会える最後のチャンス。もう会うことはできないのだと。


 明後日の日曜日が待ち遠しい。


 しかし、その反面、その日が来ないでほしいという気持ちもあった。


 その日が来てしまえば、誠也と会える最後の日になってしまう。


 早く誠也に会いたい、しかしその日が来ればそれが最後だ。


 待ち遠しいという気持ちと来ないで欲しいという正反対の気持ちが交差する。


「なかなか会えなくなるってだけで、もう二度と会えなくなるわけじゃないよね」


 誠也は夏休みにはもう来れないと言った。


 では夏休みが終わればまた会えるのか?といと夏休みで補習を受けねばならないほどに単位の問題があるのならば二学期は毎日学校へ行かねばならないのではないかと思える。

 高校の単位は出席日数がなければいけない。


 そう思うと、もう真夜が誠也に会える日は本当に次で最後かもしれない。


「次は誠也にどんな顔して会えばいいのかな……」


 もう会えなくなるのだから寂しいという気持ちを伝えるのか。


 しかし、そんなしんみりした会話はしたくない。


 本当に会えるのが最後ではないのだから、割といつも通りに話せばいいのではないだろうか。

 普段通りだったら、別れも寂しくない。


「スポーツ観戦がメインだもの、そんなこと言ったりしちゃだめだよね」


 これはあくまでもスポーツ観戦というものがメインだ。

 それならばそれを思う存分に楽しむ気持ちが大事だろう。


 複雑な気持ちはあっても、その日のことはもう流れに任せるしかない。


「でも、私……なんでこんなに誠也に会えなくなることが寂しいんだろう」


 よくわからない感情だった。誠也とは会ってまだ間もないはずなのに、なぜこんなにも誠也と一緒にいることが楽しかったのか。


 なぜか誠也のことを考えると心の奥からじんと熱くなり、誠也のことばかりを考えてしまう。

 これまでに抱いたことにない感情だ。


 中学生になって、男子とはほとんどしゃべれなくなった。


 しかし、なぜ誠也とはこんなにすんなりおしゃべりできるようになったのか。

 誠也と初めて会った日に、自分の話をして、それを誠也が聞いてくれた。

 その時から、誠也には何かわからない感情があった。


『優しさ』『一緒にいる楽しさ』『共に過ごす時間の大切さ』何かがあった。


「やだ、なんで私こんなに誠也のことが……」


 何かわからなかった。しかし、誠也のことを考えると胸が熱くなる。


「誠也。私、わけわかんないよ……」


 不思議な心の戸惑いに、真夜は落ち着かなかった。

 

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