第15話 辛いこと、悲しいこと

 真夜は素直に話し始めた。


「去年、一年生の時に友達を助けたら、誤解されちゃって……」


 クラスの制作物が壊れたこと、その罪を自分がかぶったこと、それによりクラスメイトからの信頼を失ったこと。

 その友人が転校してしまい、事情を知ってるものが自分だけになってしまったこと。そして二年生になったら学校に居場所をなくしてしまった。


「それはその子もちょっと悪いかな。庇う必要なんてなかったのに」


「でも、あの時の私は自分にも非があるって思っちゃったから。どうしたらいいのかわからなくて、その場の勢いで言っちゃったところもあった」


「なんでその時に親に相談しなかったんだ?」


 そう聞かれると、真夜はその時の自分の状態を思い出して少し悲しくなった。


「相談できるならしたかった。けど、その時期はお父さんが病気で先がもう長くないって言われてた。お父さんのことで家が大変な状況だったから、私が心配かけないようにしなきゃって思ってた。だからいつも通りに学校に行って、お母さんを支えてお父さんが最後は安心させて見届けようって決めてた。それだと、私が悩みだなんて知られたら、心配かけちゃうと思って」


 他の子はお父さんがいるのに、なんで自分だけが失うのか。


 あの時は父を安心させて見送る為に、自分は我慢をせねばならないと思っていたのだ。


 最後に父を悲しませて不安になりながらあの世へ旅立つだなんてしたくなかった。最後まで自分が学校に楽しく行けてるからこれからも大丈夫だよ、と安心させたかったのだ。


 それをした結果が学校に行けなくなるというこんなことになってしまったのである。


「ふーん。中学生でそれは大したものだね。若くて親が死ぬっていうのに、それを受け入れてるんだから。自分が嫌なことがあっても、親に心配かけないようにって黙ってたんだ。辛かっただろうね」


誠也が真夜を励ましの言葉をかける。


 真夜はその時、心の中に何かを感じた。これまで誰もそんなことを言ってくれなかった。


皆、父が死ぬことについては『これが運命なんだから受け入れなけねばならない』といった風にこれはどうしようもないと真夜に言うだけだった。


 葬儀に来た者達も「お父さんの分まであなたがちゃんと生きなきゃ」「あなたが悲しんだらお父さんも悲しむよ」といった父が死ぬことを受け入れて『きちんと見送ろう』と言うばかりで、父が亡くなったことについては仕方ないという目線で見るだけで同情はしなかった。


 父は病状が深刻で治らない。何をしたって父は助からなかったのだ。

 学校の教師にも言えるわけなかった。言ったとしても親族と同じように父が亡くなることはどうしようもないから受け入れなさいと言われるだけだと思い、誰にも言うことができなかったのだ。


 クラスでもあんな状態になってしまい、誰にも言うことができなかった。そのまま真夜は一人で全てを抱え込んでしまっていたのだ。


「そんな不幸が続いたらそりゃ学校になんて行きたくなるよな。むしろ、君の父さんが亡くなった時も、君はそれを受け止めていたんだ。立派なもんだ。そういうのって周りにはわかってもらえないものだよな」


 真夜は心の中にその言葉が響き渡った。


 母ですらこんな風には言ってくれなかった。


 真夜が学校であんなことになっていても、真夜にとっては父を亡くして傷心の母に自分が心配をかけるようなことはしたくなかった。


 しかし、その我慢の結果がとうとう学校に行けなくなるという最悪な事態を招き、かえって心配させるだけだった。


 そして、かえって母とは不穏な関係になってしまっただけだった。完全に負のスパイラルに陥って。


 本来ならば中学生にもなれば自分で解決しなければならないことだった。


 そのはずなのに、自分は結局立ち向かうこともなく逃げてしまった。


 自分自身が弱いとわかっていたし、中学生にもなって恥ずかしいとも思っていた。


 これではただ周りがなんとかしてほしいと言っていただけと同じなのだ。


「まさか、さっき川に入って行ったのは、それで死にたくなったとか?」

「それは……」


 まさにその通りだ。投げやりになっていて、真夜は先ほどそんなことを考えていた。


 休日でもないこんな時間に、周囲に友人も家族もおらず、たった一人で川に入ろうとしていたのだ。ただの水遊びではないとも見えてしまっていたのだろう。


「だって、どうせ生きててもいいことなんかない。お父さんも死んじゃった。誰も頼れる人もいないもの。みんなは『お父さんの分まで頑張って生きてね』ってお葬式の時に言ってたけど、とてもだけど耐えられないよ」


 父を失った悲しみ、そして学校での孤立、そして将来が見えない不安。


 期末試験から自分がもうあの学校に戻ることは不可能だという現実を知ったから。


「私が生きていても、何もすることがない。もう勉強についていけなくなっちゃったから、将来だって考えられないし。こんな人生を過ごすだけなら消えちゃいたいよ」


 一学期も全然行ってないのだから、自分のことを良く知らない担任教師に相談したって、無駄だろうとしか思えないし、クラスにも自分を信用してくれる者もいない。


 それでいて母ともあんな不穏な関係になってしまった。


「それだけ追い詰められたってことか。さっき俺が止めなかったら本当に死んでたのかもしれないってわけか。声をかけてよかった」


 こんな誰にも相手をしてくれなかった自分に声をかけてくれた。全く見知らぬ他人に。


 誠也の言葉で真夜は今、心から正直に話せた気がする。こんな感覚いつ以来だろうか。


 誠也は嫌がることもなく、真夜の話を最後まで聞いてくれた。それが嬉しかった。


「ふうん、じゃあさ」


誠也は何か閃いたようで、指を立た。


「せっかくなら思う存分遊んでみないか?」

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