あれから

第41話 あなたとさよなら


 一連の騒ぎがあって騒然とした日々が過ぎ、あれから一カ月が経った。

 

 八月も下旬だ。 

 もうすぐ夏休みが終わり、二学期が始まるという時期だ。



 八月の夕暮れに、真夜はあの河原に来た。今はアブラゼミではなくひぐらしが鳴いている。


 盆も過ぎて河原ではわずかにコオロギの鳴き声も聞こえる。秋が近づいている証だ


 夕焼けが川をオレンジ色に染める。あの時増水していた川はすっかりいつもの水位に戻っている。


 そして「いつもの場所」には誠也がいた。


「久しぶりだね」


「ああ」


「あれからどう?」


「色んなことを聞かれて大変だったさ。ちっとも外に出られなくてさ」


 河原で真夜は誠也の隣に座った。初めて会ったあの浅瀬で。


 あれ以来、二人は会ってなかった。あんな騒ぎになってしまい、誠也は取り調べでしばらくの間は自由がなくなり、とてもだが真夜に会える状況ではなくなった。


 新聞にも県営体育館で異臭騒ぎという小さい記事は載ったが、誠也のことは伏せられていた。


 警察沙汰になったが誠也は未成年ということもあり「逮捕」ではなく「補導」という形だった。


 放火はあくまでも未遂で終わったからだ。しかし、それでも事件を起こそうとしたことは重大だ。


「俺、保護観察処分なんだって。しばらく家族が俺の様子を見ながら生活するんだって。だからこれからは周囲に監視されながら過ごすんだ」


 未成年ということもあり、処罰は少年院にまでに行くことはなかった。


 体育館にて放火と焼身自殺をはかったが、幸いにも本当に火をつけたわけではないので未遂という形で始末された。それは真夜があの時に止めたおかげだった。


 誠也自身も自殺をしようとしていたと心神消耗になった部分があった為に刑罰は軽くなった。


 誠也が命をかけるというそこまでをした行為により、誠也の妹の中学校に事情が説明された


 その結果、ことの重大さによりようやく誠也の妹の事情が中学校に伝わった。


 誠也の妹をいじめていた女子バスケの部員は、それにより自分達のいじめを認めたのだ。


 あの体育館で誠也があの行動をとったのにはそれも関係があったのだと。


 そして三人にも処罰がくだり、大会が終わってバスケ部引退後には謝罪をしたそうである。


 ある意味では誠也の妹への敵討ちのような復讐は達成したということになるのかもしれない。


 しかし、いじめをしたものが謝罪をしてももう亡くなった者は返ってこない。


 誠也のしでかした事の大きさにより、警察には誠也の両親も呼ばれた。


 誠也の家庭も娘のことで狂いかけていたが、ただでさえ娘を失っているのに、長男の息子まで失ってしまったら本当に破綻してしまう。


 なので真夜と同じように誠也もまた自分の親と向き合うことができたそうだ。



「俺、この町から引っ越すことになった」


 誠也がそう言った。


「うん」


 真夜は静かに聞いていた。


「あれだけの騒ぎになったし、もうこの町にはいられないから。今の学校にもいれないし、転校して別の学校へ行くんだ」


 このまま同じ町にいるわけにはいかない、あの騒ぎは誠也の名前こそ公にはならなかったが、それでも噂は広まるし、あの場所であの中学校の教師に見られたのだから特定だって容易だ。


「しばらく父さんの実家……北海道のばあちゃんの家に身を寄せることになったんだ。そこで家族みんなで暮らすんだってさ。だから当分ここには戻ってこれなくなる」


 北海道というとここからは遥か遠い場所だ。


 それはもう簡単に会いに行ける場所ではない。離れ離れなのだ。


「だから、真夜とはさよなら」

「うん」


 真夜はうなずいた。あの日までは誠也と別れるのは寂しいと思っていたが、今は事情をよくわかっているからだ。


 誠也にとっても新しい場所で再スタートすることは大事だろう。


 誠也も今となっては自身がしでかしたことの重さに向き合わねばならない。一歩間違えれば取り返しのつかないレベルの大事件になったのだ。


 それにはこれまでとは違う環境に身を置いた方がいいのかもしれない、


 傷ついたのは誠也だけではない、誠也の家族も大きな苦しみを抱えていたのだから。


 突然、ぶーんというバイブの音と共に着信音が鳴った。


 真夜はポケットからスマートフォンを取り出した。


「あ、お母さん? 何?」

 真夜は電話に出た。相手は母親だ。


「あ、うん。大丈夫、すぐ帰る。待っててね」

 軽い会話を交わし、真夜は母親との通話を終了して、再びポケットにスマホをしまった。


「スマホ持ってるんだ」


「あんなことがあったからお母さんが持たせてくれたの。前に持ってたのとは違う機種だけど」


 また真夜が何かに巻き込まれるかもしれないと心配した母は真夜がいつでも連絡が取れるようにと再び携帯電話を契約したのだ。


 今の真夜のスマートフォンはかつて学校に行ってた頃に使っていたものとは別の機種だ。なので現在のスマートフォンの中にはかつての友人達とのやりとりのメールやデータなども何もない。


 ある意味、真夜にとっては過去を断ち切れてよかったのかもしれない。


「連絡先、交換しようぜ」

「うん」


 二人はスマホを出し合い、連絡先の交換をした。


 アドレス交換が終わると、二人は互いのスマートフォンをそれぞれのポケットにしまった。


「生きてさえいれば、まだいつかきっと会えるよね。私達、こうして連絡を取り合うことだってできるんだから。遠くにいても、生きてればまたこれから思い出だって作れるんだから」


 死ねばそこまでだが、生きてさえいれば希望はある。


 命があれば何度だって新しいこともできる。別れた者と再び会うことだってできる。


 命があってこそできることだ。こうすれば再会の希望もある。


 遠く離れていても、生きていれば同じ地球上、同じ国である日本にはいるのだから。


「じゃあ元気でね」

「ああ」


 話も終わり、真夜も誠也も河原から立ち上がって、それぞれ帰ることにした。


 別れは実にあっさりなものだ。しかし、これがベストな形なのかもしれない。


 下手に何か言おうとすると、互いにあの事件について傷をえぐられる形になるだけだろう。


 そんな嫌な気分になるような別れ方をするくらいなら、こうしてあっさりした方がいいのかもしれないと真夜は思った。

 もう終わったことについてはどうにもならないのだから

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