第35話

「なんで今撮ったの!?」

「ふっふーん!…えへへっ」


急にカメラを向けられ、写真を撮られた。

どうやら詩音はご機嫌の様子だ。


隣に座って私の肩にコトンっと頭を載せてくる。

詩音は白いし、白猫みたいだなぁって思った。

私に懐いてくれる、私だけの白猫。


そんな白猫は、2ショットの写真を見ながらご満悦な様子だ。

白猫の頭をそっと撫でる。

大人しく微笑む。

本当に猫みたいだ。



「あーっ!」

「…今度は何」


ご機嫌の様子で、いつもより声が大きい。

テンションが元通りになってくれたのは嬉しいが。



「待ってて!」


走りにくい浴衣姿で部屋を出ていく。

なにか思いついたのか、しばらく戻ってこない。

肩に乗っていた猫がいなくなって、空白が寂しい気がするが、窓の外を見る。


見なくてもわかるくらい雨音が強い。

天気予報大ハズレの土砂降りだ。

雨音のBGMを聴きながら、私は走っていった白猫を待つ。





少し待っていると、詩音は大きくも小さくもないダンボールの箱を手に持って戻ってきた。


「百合、電気消してくれる?」

「うん」



外が天気が悪いので室内が薄暗く、電気をつけていた。

私は言われた通り、部屋の電気を消す。

もう外が暗くなっていたから、暗闇に月光が薄く差し込んで、ぼんやりと詩音の姿が見える。



「せーのっ!」



詩音が何かのボタンを押す。



私は天を仰ぐ。



「百合にお礼!」




詩音が持ってきてくれたものは、室内用のプラネタリウムだった。

天井には照明しかついていない。

でもそこに、見たことがないくらいの星々が映し出される。



「そんなに綺麗?本物じゃないのに」

「そうじゃなくて」


詩音は座っていた隣に、私も座り込む。

詩音は本当に花火大会に来ているみたいに、浴衣姿で隣に座っていて、焼きそばを食べている。



「ありがとう。」

「ありがとうを言わなきゃいけないのは私だよ。百合。」



嬉しすぎる。


付き合ってから遊べていなかったし、やっと会えたと思ったら雨で花火大会は行けない。

自分の環境が原因と言い訳をして、彼女を蔑ろにしているように思われてもおかしくないのに。

傍から見れば、彼女への愛がない、素っ気ない恋人だと思われるだろう。


それなのに、そんな私に"ありがとう"と言ってくれる。


幸せすぎて、ダメだ。



「ううん。…詩音。ごめんね。」

「何で謝るの?」


色んなものが込み上げてきて、私は詩音の方が向けない。



「…せっかくなら寝っ転がって、見よ」

「浴衣、帯は?」


「百合の方向けば平気。」



詩音が私の方を向いて横になる。

なんか恥ずかしいけど、私もゆっくりと詩音の方を向いて横になった。



「今の環境を理由にして、言い訳にして、…詩音に失礼だったと思う。ごめん。」

「なんで謝るの。…百合が頑張ってるの、知ってるんだよ」


そんなことない。

初めてこの家に呼んでくれた時、詩音は泣いてた。

私は詩音のその胸の内まで触れてはいない。

まだ知らない。

だけど、詩音も現実と、何かと必死に戦ってここにいるんだと思う。



「来年は、本物の花火を見よう。」



少しでも長く、あなたの隣にいれますように。


「なにそれ」

「…私なりの、うん。詩音といたい……てことで」


「当たり前だよ。いつかこんな綺麗な、星も見ようよ」

「うん」


「百合、約束」

「うん」


室内で見た星々は、本物なんかじゃないけれど、今までで一番綺麗な景色だ。

いつまでもあなたの隣で、あなたと色んな、まだ知らない何かを見てみたいんだ。



「やっぱり」

「やっぱり?」


「浴衣頑張って乾かすから浴衣姿みたい」

「…来年ね?」


「イジワル。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る