第32話

詩音が膝立ちをやめ、私に頬に触れていた手も離し、私たちは目が合う。


「…百合はずるい。」


詩音は座ったまま、少しずつ私との距離を詰めてくる。


「こんなに優しくて素敵な人なのに、自分では自覚全く無くて、…いつも私なんてって。」


私との距離が無くなる。

動けないまま、目を瞑る間も無く、唇が重なった。

詩音の顔が近すぎてパーツの見分けもつかない。


心臓の音がうるさすぎて、夏だからか唇が熱くて、そういう感覚を自分に誤魔化したくて私は目を閉じる。




「んっ!!!」




私は詩音の肩を思いっきり押した。


「心臓、動くの、早いね。」

「ちょっと!…っ!!」


詩音はTシャツの上から心臓、つまり膨らんでいる部分を掴んできた。

それほど力は強くないけど、ゆっくりと動かされる。


「待っ、…無理っ」

「以外と小さい?」

「気に、、してる、か、ら」

「…百合のだから、いいの。」


Tシャツの裾が捲られる。

特に可愛くもない、無地の黒い下着があらわになる。


こんなことになるなら、ちゃんと買うのに…っ!


「形、いいね」

「あぁ、どーも」


小さいとか言われて割とショックだ。

しかも恋人に。

自分でも実は気にしてるし。


「百合のだから良い。…百合のじゃなきゃ、やだ。」


割とこっちは気にしてるのに、と頭の中でぐるぐるしてるけど、詩音はときどき目を合わせながら私に触れている。


体に力が入らなくなってきて、詩音の首の後ろに両腕を回した。支えがないとそのまま倒れてしまいそうで。

あと、触れてる方が安心する。

詩音がそばにいることを感じられるから。


私ばかりこんなことになっているなんて不公平だと思う。


だけど抵抗しようにもらそんな力は残っていない。




「はい、終わり」

「…はっ、……えっ」


突然手を離された。

呼吸を整える。


「髪の毛、やるから早くパーカー、着替えて」

「う…うん。」


私は言われるがまま、Tシャツを脱ぎ、私が着るには可愛すぎる詩音のパーカーを着る。

もっと、って思ってしまった自分は、かなりやばいのではないか。

さっきまでの感触が思い出されて、急いでパーカーを着た。

甘い香りがする。


「はい、ここ座って」

「はい。」


言われるがまま私は詩音の前に正座をする。

優しく髪を梳かれ、ウトウトしてくる。


「また、眠いの?」

「休み無しで働いてるから、ね…」


せっかくやってくれているのに、私が寝てしまったら申し訳ないと起きようとするけど、そうすることであくびが止まらなくなってくる。


「動かないでー」

「はぁーい。」



ほぼ眠りかけていると、肩をトントンとされる。

ヘアオイルの柑橘系の香りがする。

いつも詩音からする香りはこれだったのか。


目を開けると、手鏡を渡される。

自分ではこうはならない、ふわふわしたハーフアップに赤い花の髪飾りが付いている。

一体どうやったら私の髪の毛がこうなるのか、不思議だ。



「やばい…」



ゴニョゴニョした声が聞こえ、後ろを振り返る。


「詩音」

「待って、可愛すぎる。…自分でやったけど、可愛い。可愛い。」

「そんな言わなくても…ありがとう。」


私は赤い花の髪飾りに触れる。


詩音の白い頬が少し赤くなっている。

可愛いのはそっちだろうと思う。

あたふたしてる仕草も可愛い。



「…私も髪の毛やってくる」

「うん。」


下を向いて、多分私に顔を見せたくないんだろう。

詩音はそのまま1度部屋を出た。

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