第31話

詩音に腕を掴まれ、無言のまま詩音の家に到着した。

何を私はしてしまったんだろうか。


心中ザワザワしたまま、いつもより丁寧に靴を揃え「お邪魔します」と言って家に上がらせてもらう。


「部屋入っといて」と言葉を吐き捨てるように言われ、2度目の詩音の部屋に入る。



(…雲)



窓から少し暗い雲が見える。

天気予報では晴れだったから、きっと大丈夫。


それより詩音の機嫌の方が大丈夫ではない。

謝ろうにも理由がわからない。

急にあんな感じになったから。


理不尽だ。

だけど詩音には笑っていてほしいから。


「…うーん。」


どうしよう。



1人で唸っていると、詩音が何かが入った箱を持って部屋に入ってきた。

表情は変わらず機嫌が悪い。


詩音はローテーブルの上に抱えていた箱を置くと、クローゼットの中から何かを私に投げつけた。


それは少しレースがついた、いかにも詩音が着ていそうな可愛い白いパーカーだった。

これ、私が着るの?



「…前開きじゃないと、髪、崩れるから」



私の今日の服装はいつも通りの白いTシャツと黒いデニムのスキニーパンツ。


「髪?」

「やってあげるから。…早くそれ着てよ。」


詩音はその場に座り、テーブルに置いていた箱の中から、ヘアゴムや髪飾りを取り出した。



「いや、私は…申し訳ないから」


浴衣もいつの間にか買ってもらってしまっていたし(お金は、もちろん後で返す)、こうやって着替えるために家にも上がらせてもらって、何から何までしてもらうなんて。


それに


「ストップ!」



私は詩音に両手で口を塞がれる。

思わずぼーっとしてしまい、その場に膝立ちしている詩音を見上げる。

何故…



「全然分かってない!!」



唇をかみ締め、下を向く。

下を向いた時におりた髪の毛で詩音の表情が見えない。


「しお」

「百合はっ!…っ、美人だし、背も高いし、スタイルも良いし、私の毎日の電話も疲れてても付き合ってくれるし、その時の声も本当に好きだし、お人好しすぎて人に気を使いすぎちゃうし、周りから一歩引いて空気読めちゃうし、自分では自覚ないかもしれないけど、まじで優しすぎる人、私の最高の恋人でっ…む~っ!言いきれない!」



勢いよく顔を上げて私と目を合わせた詩音は、早口で勢いよく私を褒めちぎる。

こんなに褒められたことは無い。


本当に恥ずかしい。



「…これで照れちゃうのも可愛い」

「……さっきまで機嫌悪かったくせに。」


今どんな顔してるのか。

絶対ヤバい顔してる。


こんなの顔を見られたくなくて、顔を背けようとしたけど、



「可愛いっ」



いつの間にか口を塞いでいた手は解かれ、代わりに両手で頬を挟まれ、顔を動かせない。

目線を背けようとしたら、詩音はその方向に首を傾げてくる。

意地悪そうな、小悪魔な笑顔で私を見てくる。


心臓の音が大きい。

目の前のこの人に聞こえてしまいそう。


逃げたくても逃げられない。

抵抗だって、両手が空いてるから出来るけど。



私は彼女の、小悪魔の魔法にかけられて動けないみたい。

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