第14話

中間試験が終わった。

もう夏が近づいて、

いや、もう夏だ。


制服はブレザーを脱ぎ捨て、Yシャツだけになった。

毎年夏は暑いけど、今年は暑くなるタイミングが早い。


いつもは下ろしている長い髪も暑すぎてポニーテールにまとめた。

首に髪の毛が張り付くのは鬱陶しい。


「おはよう、百合ちゃん。」

「おはよう、村主さん」


村主さんは暑いというのに髪の毛を下ろしている。

こんなに暑いのに、尊敬する。


「?」


村主さんは私を見て首を傾げる。


「なんで長袖なの?」



私は咄嗟に右手で自分の左手首を掴んだ。

どうしても傷跡が消えなかった。

痛みはもう無いけれど、深く深く、抉るように刃物で傷をつけた。


きっとこれは一生残る傷だと思う。



「百合、日焼けしちゃうからなんじゃない?」


「詩音。」

「詩音ちゃん。」


詩音がタイミングよく登校してきた。

という彼女は長袖のYシャツを袖まくりしている状態だ。


「詩音ちゃんも長袖だ」

「半袖着るほどまだ暑くないかなーって」


話題は詩音に移った。

横をちらっと見ると、詩音と目が合う。


気を利かせてくれたみたいだ。



「私も日焼けたくないから、長袖にしようかな」

「村主さんは白いから大丈夫だよ」

「そうかなー」


私が大丈夫というと村主さんは自分の腕を見て、うーんと唸っていた。


私はもう一度左手首を掴んだ。


きっと堂々と半袖を来て外に出られる時なんてもう無いのだろうと。

これが疫病神の戒めなのだと。



「百合!顔が暗いよ!」


詩音に顔を両手で挟まれる。

席に座ったままだった私は、詩音を見上げるような姿勢になる。


いつもと違う角度で見上げる詩音の顔は、なんか新鮮だ。


「考えこと?」


村主さんがまた首を傾げた。


「なんでもないよ。」

「なら、良いけど…」

「それよりその扇風機貸してよ」

「百合ちゃんの方にも向けてあげるね」


手に持っていたハンディファンを村主さんは私の方へと向ける。


涼しい。


詩音が席に戻る。

また浮かない表情をしている。

顔が暗い、と言っていたけどその言葉をそのままお返ししたい。


最近はいつもこうだ。

村主さんと私が仲良さそうにしていると、バレていないつもりだろうけど、少し不機嫌なことが私は分かる。


理由は明確だ。

詩音の好きは、恋愛の好きだからだ。

2人っきりになったタイミングで、私の彼女になりたいだの、デートしたいだの、あからさまなアプローチをかけてくる。


私にはその感情が一体どんなものなのか、分からない。


だから詩音はヤキモチを妬いている。

少し面倒だなぁと思いつつ、そんなに私を思って感情をコロコロ変える詩音を見ていると、少し楽しい。

私は意地悪だ。









「白木ー、いるかー」


「あれ、現代文の…」

「詩音ちゃん、呼ばれてるよ?」


「うん。ちょっと行ってくるね」


昼休み。

詩音は現代文のおじいちゃん先生に呼ばれて教室から消える。


「詩音ちゃん何かしたのかな?」

「そんなことある?詩音だよ」

「ないよね」


そもそも進学校であるこの学校に呼び出しをされる生徒なんてほとんどいない。

ましてやその中でも成績上位の詩音が呼ばれるなら、きっと何か良い方だと思う。


「…百合ちゃん」

「何?」


「詩音ちゃんと、……ううん。なんでもない。」



村主さんは首を横に振る。

詩音…と、


「何か言いたいことがあるの?」

「いや、あっ、。最近、やけに仲が、良いなって………」


村主さんはしどろもどろになりながらそう言った。

たしかに。


2人で遊園地に行った日を境に、私は"白木さん"ではなく"詩音"と名前で呼ぶようになった。


明確に変わったことはそのくらいで、厳密に言うと、私は変わったが詩音は何も変わっていないと思う。



「…百合ちゃんは、詩音ちゃんのこと………」

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