第38話

学園祭まであと半月になった。

秋山さんと詩音のオムライスの特訓は続いている様子だ。

その合間に新メニュー"お絵描きパンケーキ"なんてものも登場したから、詩音は最近ほぼ毎日かかってくる電話で泣き言を吐いている。


写真を見る感じだと何を描いているかは相変わらず分からない...けど、可愛いイラストにはなっているので、大丈夫そうだ。



今日は数日ぶりに私も準備に参加する。

装飾用の飾りの人手が足りなくて、今日は料理ではなくそっちを手伝うことになった。


「百合ちゃん仕事早い、」

「あはは。」

「さすがスーパーアルバイター。」


進学校だからといってうちはアルバイトが禁止では無い。

だけどここまで毎日働いているのは私と...



(...ツインテール)



学校に隠れて夜のお店で働いている梅村さんくらいか。(みんなは気づいていないから、実質私だけか)


「あ、」

「どうしたの?」

「これ足りなくなっちゃった」


「私、買ってくるよ」


「ありがとう。黒森さん。」



経費が入った財布を持って、近くの100円ショップへ買い出しに行くことにした。



「黒森さん。」

「梅村さん?」


廊下に出ると、後ろから声をかけられた。

梅村さんだ。



「私も手伝うわ。荷物多いでしょ?」

「ありがとう。行こう。」


梅村さんは詩音に比べて僅かに少しだけ背が高い。

頭の高さが私と大体一緒で、私が横を向くと少しある余白がいつもよりなくて、少し寂しくなる。


最近の詩音からの電話の内容や、学校で話す内容も決まって学園祭の話ばかりだ。

なんだかんだ文句は言っていたりするけど、楽しそうだ。


廊下を歩いていると、家庭科室の窓から一瞬だけ中の様子が見えた。

私の目線は当たり前みたいに詩音に吸い寄せられる、はずだった。


私は目線を逸らす。



「...買い出し私だけで行こうか?」

「いや、もともと私が行くって言い出して。」


梅村さんがいきなり足を止めるから、私もその場に止まる。


静かな廊下には、家庭科室から楽しそうな声が聞こえてくる。



「...お見通しだけれど」

「あぁ...まぁ...うん、行こうか。」


私は歯切れ悪く返答する。

自分でも頭が一瞬思考停止したみたいに言葉が喉のどこかで詰まった感覚になった。


梅村さんは私をの心を読んでしまったみたいで気を使ってくれているようだった。


詩音が楽しそうならそれで良い。


どんな本か忘れたけど、恋人の幸せはわたしにとっての幸せだから、私は恋人の幸せを願うみたいな言葉を思い出した。


私はそんな本の中の登場人物のような、恋人の幸せを願ってあげられる人になれていない。

自分の心の狭さが嫌になる。



「そういえば、」

「何かしら?」


私も聞きたいことがあった。

まぁ、聞いてどうにかなるってことでも無いんだけど。



「うまく、いってる?」



この前、曖昧にされたから、何となく察して欲しい。


「どうかしら」


梅村さんは案外すんなりと答えた。答えになっていないけど。


「ただの私の我儘を、彼女に押し付けているだけ。それだけよ。」


顔色ひとつ変えず言葉にする。

梅村さんと村主さんの関係は謎なままだ。



「ただひとつ言えることがあるの。」



歩いていた足を止める。


私の方をしっかり見て、梅村さんが口を開く。



「絶対、大切なものは、意地でも手放さないで。...その覚悟があなたにはあるかしら」



何故か私に向かって、そう告げたのだった。



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