第29話

村主さんとの一件があって、そのまま夏休みに入った。

私は詩音と付き合うことになった。

だけど夏休みこそバイトの書き入れ時だ。

全く会わないまま、夏休みの半分以上が経過しようとしてた。


会わない代わりに、しつこく詩音から毎晩電話がかかってくる。毎晩だ。


大人しく寝させて欲しい。

特に今日は忙しかったから疲れた。

というよりも、夏休みだから連日忙しい。

おまけに単発のバイトもその合間に入れていたから日々の疲れが溜まった。



『百合、起きてる?』

「あぁ、起きてる」



付き合っても何もしていない私たちだが、気のせいなのだろうか。


電話越しの詩音の声が甘い。


耳元にスマホを置いて、ベッドで横になりながら私は電話をしている。


詩音は時々誘惑するような視線を私に向けてきたし、ベタベタしてくるし。

それは付き合う前から、というより出会ってからほとんどなわけだけど、それがヒートアップしている、ように感じている。



「もう今日は疲れたから、寝させて」

『えー。やだ。まだ何も話してない。』

「そんなに話すことないし。」

『待って!今日は大事な話なの!』



口調が可愛い。

そんな声をずっと聞いていたいのに、ほぼ目が閉じてしまいそうだ。



『花火大会…行かない?一緒に……』



"花火大会"


そんなものあったっけ…と記憶の中をぐるぐると駆け巡らせるけど、


ダメだ。頭が回らない。



『バイトは?あるの?ないの?』

「ん…何日?」

『来週の日曜日』

「あぁ、休みだ」


夏休みなんだから遊びなさい!とバイト先の店長に泣く泣く休みを取らされたんだった。

単発バイトも、その日はいい仕事が見つからなかった。



『じゃあ、決まりね』

「はいはい。」



耳元で嬉しそうに笑う声が聞こえる。

本当に眠りについてしまいそうだ。

半分くらい意識がない。







『ねーぇ、百合』

「ん?」



もう寝ているか寝ていないか、分からないくらいの意識の中、私は詩音と会話をしている。

これは夢の中なのか。

現実なのか。


体力が余っていたら頬を抓って、本当のことか確かめられるのに。



『今、百合とこうしていられることは、私にとって、本当に奇跡みたいなの』

「…奇跡?」


『出会った日のこと、覚えてる?』

「私を、助けて、くれた時…?」


『…それも、そうなんだけど。』



「詩音。」

『…なに?』



夢の中でならいくらでも素直な気持ち、伝えられそうなのに。

面と向かって言うのは照れくさくて。


私がちゃんと好きって言えたことって、あの屋上での、あの時だけだ。


今なら、言えるかな。





「大好き」





これが夢でないのなら、今すぐこの家を飛び出して会いに行きたい。

大好きな貴方のもとに。


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