第6話

入学式から早1ヶ月。

白木さんとの関係性は今だはっきりとはしないまま時間が過ぎた。

生活費を稼ぐため、ほとんど遊ぶ暇などなくアルバイトを始めた。

引っ越したアパートの近くにあったカフェで、それなりに時給が良かった。

とりあえずフロア業務からすることになったけど、いつの間にかキッチンも手伝ったりもしていた。


白木さんはあの話題を持ち出さない。

というのも、私・白木さん・村主さんの3人でいることが多いからだろう。

村主さんは同じ学校だからということもあるけど、私の後をよくついてくるし、遠くにいても見つけて声をかけてくれる。

背が低いのも相まって、妹みたいだ。




そして今日もいつも通りに学校に到着した。

既に白木さんは到着していて、勉強しているみたいだ。


学校の課題では無さそうだ。


私に気づくと、白木さんは開いていた問題集をパタリと閉じ、


「おはよう、黒森さん」


いつものように挨拶をしてくる。


「おはよう」


私もいつも通りに返答する。

関係値は"仲の良いクラスメイト"

ただそれだけだ。


朝礼を知らせるチャイムがなる。


「村主さんは?」

「何も聞いてないけど…」


担任が少し遅れて教室へと入ってくる。

そして口を開くと、村主さんが体調不良で休むということを生徒に伝える。


「村主さん、大丈夫かな?」

「私、連絡してみるよ」


メッセージアプリを開き、村主さんにメッセージを送る。


早く治ればいいけど…と思いつつ、ふぅと息をつく。

1ヶ月経ったとはいえ、白木さんと2人でいることはなかなかに危ない気がする。

何も無いけど、まだ恋人の関係は続いているのか…


この1ヶ月で白木さんは数人に告白されていた。

同じ学年、先輩、後輩は関係なく。

同性の私から見てもとても美人だし、その上この進学校でも成績は上の方っぽい。


非の打ち所がない人だ。


あの病室での一件は、本当になんだったんだろうと深く考えすぎていた自分に呆れてしまうくらいだ。



「少し熱があるって。」

「そっか。…」


白木さんは何か言いたげな様子。

そんな様子を不思議に見ていると白木さんはこちらを向く。

吸い寄せられるように、目が合う。


「放課後…暇?」


バイトがある、と言えば断ることも出来たはず。

今日は珍しくバイトがない。

誤魔化せば済んだはずなのに。


「暇…だよ」

「…2人でどこか行こうよ」

「………うん。」


村主さんがいる時はこんなに言葉が詰まることがない。

会話だってスラスラ。普通に仲の良いクラスメイトとして出来る。

まるでお互い何かを躊躇っているかのように、少し呼吸を置いてから言葉を紡ぐ。


正直、私たちの関係は曖昧だ。

曖昧ならばそれでも良いと思う。


この平穏な現状を破壊してまで、それ以上の関係になりたいなんて私は思っていないから。



「っ!!」


机の上においていた手の上に、白木さんが手を重ねる。

少し驚いた声が漏れてしまった。


そして白木さんは重ねていた手で私の手にキュッと少し力を込める。

込めていた力を解くと、私の指の間に自分の指を絡ませてくる。


また目が合う。

白木さんが微笑む。

私は今どんな顔をしているんだろう。



「…百合、可愛い。」

「は?」


顔色ひとつ変えずに白木さんが私を下の名前で呼び、可愛いと言った。

私の何をどう見て可愛いと言っているのか。


白木さんはやっぱり少し変わった人なのかもしれない。


白木さんに私の意識を吸い寄せられて、いつの間にか朝礼が終わっていることに気付かされる。



「放課後、楽しみ。」

「そう。」


耳元で囁かれる。

少しゾワッとしたけど、いつまでもこんなものに動揺していてはいけない。


私は素っ気なく返事をした。

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