第20話

「何!?痛いんだけど」


村主さんも詩音の胸ぐらを掴み返す。


もうこんなの嫌だ…。

私がしっかり言わなきゃ、ダメなんだ。



「やめてよ…」



意を決して口にした言葉は、声が小さすぎてちょっとした風にも掻き消されてしまいそうだった。


2人は言い争っている。


こんな状況にしたのは私。


「やめてよ…やだよ…っうっ…っ……」


言うべきこと、やるべきことはもっとあるはずなのに、涙が止まらなかった。


嗚咽で息が苦しい。

その場に立てなくなってしゃがみこむ。


またこうしてみんなの普通の日常を

私がいるから壊れていく


消えれば良いのは私なんだ。



「百合…」

「っ、あっ…うっ…っっ……」



詩音が私に駆け寄ってきて、抱きしめられる。

背中を優しく摩られる。


それでも呼吸の乱れが落ち着かない。



目線の先に村主さんの足元が見えた。

起き上がって、屋上の出口へと向かっていく。


言わなきゃ




"私は、詩音が好き"




だから村主さんには謝らなきゃ



落ち着け。

落ち着いて。


息苦しいのが収まらない。

村主さんが屋上から出ていく。

私のせいだ。



「百合…」



詩音がギュッと私を抱きしめてくれる。

私も詩音の背中に腕を回す。


「し、おん…」

「なぁに?…ゆっくりで、いいよ……」


まるで赤子をあやすみたいに背中をトン、トンと軽くゆったりとしたリズムでたたく。

私はゆっくりと普通の呼吸を整える。


しっかり言わなきゃ。


きっとあの時から、私は惹かれていたんだろう。



詩音の腕を掴み、私の体から少し離すように押す。

息苦しくて背中が丸くなって、目線の位置がいつもと逆だ。

下から見上げても、可愛くて可愛くてどうしようもない。


「?」


首を傾げて、微笑む。


そんな動きだけで、愛おしくてたまらない。




「好き」




詩音は目を丸くする。

そして微動だにしなくなった。


「そんなに、驚く?」

「……夢みたいで」

「夢じゃない」

「えっ、え……」

「動かないで……」



まだ体に力が入りにくいけど、精一杯の力で私は詩音の首元に腕を回す。

少し背伸びして、軽く口付けする。



「好き…詩音が、好き……」

「百合…」

「怖、かった…自分のせいで……詩音が………っ」


左手首がズキッと傷んだ。

もう傷口は塞がっているのに。


詩音が私の両腕を解いてゆっくりと下ろす。

手のひらを握ってくれる。



「百合とずっとこうなりたかった。…嬉しい。」



良かった。伝わった。


「いつまで泣いてるの…。今日は甘えん坊な日なの?百合、いつもそんなことなかったじゃん」


頭を撫でられる。

本当に今日はどうかしている。


「…ごめん。」

「私は百合の前で自分を隠してないから。百合も私の前で無理に振る舞わなくても良いんだよ。」

「…無理かも」

「なんでよ。」



目と目が合う。

思わず吹き出して笑う。




私はもう疫病神じゃないですか?

幸せになって良いですか?

好きな人と笑って過ごしても良いですか?



目の前のこの人を悲しませずにいられますか?



今だけは、そっと見守っていてください。

少しでも長くこの幸せなひと時が続いて欲しいから。

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