第3話
いつ寝てしまったのか分からない。
目が覚めると、あの白髪の、天使のような女の子は病室にいなかった。
付き合ってと言われたのに、連絡先すら交換していなかった。
まさか、本当に夢だったんだろうか。
思わず自分の顔を手で覆った。
思い出すだけで恥ずかしい。
祖母を困らせないように必死に生きてた。
遠い親戚の人や近所の人から冷ややかな目で見られていた私を、祖母は一生懸命育ててくれた。
だから恋愛なんて無縁で、休日は家事手伝いをすることが多かった。
ファースト、キス…だった。
まさか自分の初めてが、女の子に奪われてしまうなんて思ってもみなかったけど…
きっとあの子に会うことなんて二度とないだろう。
「白木、詩音…」
あの子の名前を、声に出してみる。
清く、麗しく、美しい子だった。
あの子の疫病神にならずに済んだ。
私は左手首に目線を向ける。
刃物で、深く深く切りつけた跡は包帯やらでぐるぐる巻きにされていて見えない。
少し赤く見えるのは、私がそれだけ深く切りつけたということだろう。
「黒森さん、起きましたか」
「…はい」
医師がドアをノックしてから入ってくる。
優しそうな中年の女性だ。
「大丈夫?少しフラフラするよね?」
「…あ、でも、大丈夫……」
起き上がろうとした瞬間、ふらついて私はまたベッドに寝た状態に戻る。
「まだ安静にしていてね。出血量が多くてね、もし少し遅れていたら命が危なかったかもしれない。…辛かったね」
「大丈夫ですから。…いつ、帰れますか?」
「もう今日は夜遅いから、入院して行きなさい。明日は様子を見て退院出来ると思うからね。」
「…はい。」
促されるまま眠りにつく。
次の日。
顔色も良くなり、無事退院することが出来た。
そして、今日から新しい家で一人暮らしを開始する。
既に引越し業者に荷物の運搬はお願いしていたから届いているはず。
スマホのメールには新しい家の大家さんから代わりにサインやら何やらしておいたとメールが入っていた。
申し訳ない…。
「……」
自傷行為をして、意識を失ったのがあの家の最後だったというのは祖母に申し訳ないけど。
新しい家は、1ルームのアパートの一室。
築年数もそこそこで、広さは明らかに狭いけど、古さは気にならない。
届いていたダンボールに手をかけ始める。
左手首がまだズキズキして痛い。
とりあえず明日から必要なものだけ今日は取り出すことにしよう。
必要な衣類ぐらいを出して、組み立て済のベッドに寝転んだ。
クローゼットを開けっ放しにしていた。
その隙間から明日から通う、高校の制服が見えた。
(おばあちゃんにも、見せたかったな……)
採寸も1人で制服屋にいってきたから、この制服に袖を通した姿を祖母は見ていない。
受験に合格した時、私よりも大喜びだった。
私は仰向けになり、天に左手を伸ばす。
涙がこぼれた。
「…っ、」
ごめんね。
ここまで大事に育ててもらったのに、体に、傷、付けちゃったよ。
どこまで私は周りを、不幸にすれば気が済むのだろうか。
"疫病神"
明確に誰に言われたかなんて記憶にない。
物心ついた時からこの言葉が私の中にずっとあり続けている。
まだ少し、フラっとするかも…
あれだけ病院で寝ていたのに。
私はまた眠りについた。
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