ああ~……


 

「僕ねえ、レッドイグアナが飼いたいんだよ」


 同窓会で行くような安い居酒屋の隅で、朝日はそんなことを言い出した。


 どのテーブルも馬鹿騒ぎをしていてうるさいが、今はその騒がしさに救われるというか、落ち着く。


「そうだ。

 部屋でなんかパンフレットみたいなの読んでたね」

と烏龍茶を飲みながら、瑞季は言った。


「うーん。

 でもさ、カメとかイグアナとかサルモネラ持ってたりするからさ。


 患者さんは高齢者が多いからね。

 ちょっとどうかなと思って」


 ああ、そうか、と思っていると、

「でも、昨日は、今、イグアナ飼ってたら、相楽さんの手をカプッてやらせるのにって思ったけどね」

と言ってくる。


「なんで?」


「いや……相楽さんの考えなしで突飛な行動に、久しぶりに心が動いたから。


 言ったじゃない。

 僕、僕を惑わす人が嫌いなんだよ」


 貴方は心を惑わす人が居たら、薬を盛ったり、イグアナに手をカプッとやらせたりするのですか。


 やはり、この人、どうかしています。


 お医者様を呼んでください、と思ったのだが、この人がお医者様だった。


 ふう、と溜息をつく。


「そんなこと朝日が言うなんて珍しいな。

 もしかして、実はこれが初恋だったりしてね、朝日」

と神田が適当なことを言って笑う。


「そうだねえ。

 そうかもねえ。


 小学生って、好きな子、いじめたくなるもんね」


「でも、初恋って叶わないんだよ、朝日」

としみじみと神田が言ったとき、瑞季のスマホが鳴った。


 横から覗いた朝日がそれを見て取る。


『もしも……』

と声が聞こえかけたとき、朝日が先に言った。


「了弥、出てこい。

 神田と二人で、相楽さんを監禁中だ」


 朝日は、店の場所を告げ、勝手に切る。


 神田は笑いながら、それを見ていた。


 二人の顔を見ながら、瑞季は呟く。


「……神田、香月、朝日、了弥。


 なんで?

 たまたま?


 呼びやすいから?」


 その呟きに、神田が、

「やっと気づいた」

と笑う。


 その瞬間、頭の中を、ずっと引っかかっていた幾つかのことが駆け巡った。


「あーっ!」

と叫んで立ち上がる。


 店内の視線がこちらに集まり、神田と朝日が両サイドから瑞季の手を引っ張り、座らせた。


 気づけば、この騒がしい店内で、自分が最も騒がしい人に成り果てている。


 朝日が、チューハイのジョッキを手にしたまま呟いた。


「だいたいさあ。

 僕らが、トイレットペーパーにバーカとか書かないって言うの」


 どうやら、医者を呼んだ方がいいのは、私のようだった。


 そういえば、幾つも思い当たる節が。


 頭の中で、ぐるぐるといろんな映像が回っていたそのとき、電話がかかった。


 未里だった。


『瑞季?

 あれからどうなった?』

と言っている電話を朝日がまた勝手に取る。


「どうも、梶原未里さん。

 久しぶり。


 佐藤朝日です」


 ええっ? と未里が言う。


『どうなってんのっ。

 ねえ、瑞季っ。


 佐藤朝日はやめとけって言ったでしょーっ』


「本人前にして言うかね、この人は」

と朝日は文句を言っている。


「婿養子のご主人とお幸せに」

と言って勝手に切る。


 またすぐに鳴りだした。


 わめき出す未里に、

「違う違う。

 みんなで呑んでるの。

 未里も来る?」

と言うと、今度は行きたいとわめき出す。

 

 そのとき、店の扉が開いた。


 了弥が顔を覗け、すぐにこちらに気がついた。


「早いじゃん。

 近くに居たの?」

と朝日が言っていた。


「姫の両サイドは僕らだから。

 お前は正面ね」

と神田が言う。


「とんだうっかり姫だけど」

と二人は笑っている。


 目の前の切り株のような椅子に、走ってきたのか息を切らしている了弥が座る。


「誰と話してんだ?」

と了弥がこっちを見ながら、二人に訊くのが聞こえた。


「梶原さん」

と二人が言うと、


「ああ、コロッケの」

と言う。


 ああ。

 はい、そうですね。


 コロッケの……。


 そのあと、未里になにを言ったのか覚えていない。


 相当訳のわからないことを言ったのだと思う。


 未里が、

『あんた、なに言ってんの?』

と言ったのが耳に残っているから。


 ともかく、なにか言って切った。


 それを見ていた朝日は呆れ、神田は笑っていて、了弥は相変わらず、表情が読めなかった。


「ああ、僕ら此処で気を利かせて帰ったりしないから」

と神田が宣言する。


「呑もう呑もう」

と神田が言い、朝日が、


「さっさと頼めよ、了弥」

と相変わらず、笑顔もなく言う。


「あれっ?

 どうしたの?


 相楽さん、倒れてるよ」


 まあ、いいから呑もうと、頭の上で、神田が言い、了弥が普通に酒を頼み、薄情な男どもは勝手に、頭の上で宴会をやっている。


 そ、そうだ。

 思えば、最初からいろいろと……。


「私も呑むっ」

「あ、起きてきた」


「禁酒するんじゃなかったの?」

「っていうか、それ、ウーロンハイだよ」


 えっ? とみんなが朝日を見る。


 さっき、トイレに立ったとき、注文間違えたって言ってきた、と言う。


「……来てよかった」

とこちらを見ないまま、了弥がぼそりと呟いていた。






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