何処が紳士的だ

 

「ちょっと、相楽さん。


 こっち来て、電話に出て。

 僕がちゃんと紳士的に対処してるって香月に言ってよっ」


 いや、この半軟禁状態の何処が紳士的だ、と思ったが、仕方なく電話に出る。


「香月さん、ありがとうございます。

 助かりました」

と言うと、朝日が、あっ、こらっ、という顔をする。


「大丈夫ですよ」


 溜息まじりにだが、瑞季は、そう言った。


「佐藤くんは、ちゃんと貴方の言いつけを守ってますよ、意外にも」


「意外にもは余計だよ」

とかばってやったのに、横から文句を言ってくる。


『ほんとに?

 そこからが難しいなら、俺が了弥に連絡とってやるけど?』

と香月が言ってきた。


「は? 了弥?」


 貸してっ、と朝日にスマホを取り返される。


「香月っ。

 なに余計なこと言ってんだよっ」


 二人はちょっと揉めて、朝日が一方的に電話を切った。


 なんだかわからないが、おばあちゃんがどうとか言って、香月を脅したあとで。


 だが、彼が何処にも通報しないのは、それでではないとわかっていた。


 確かにこの人、変かもしれないけど。


「なんだよ?」

と朝日は、こちらを振り向き、睨んでくる。


 意外に、香月さんの言いつけ守ってるし。


 そういうところがあるから、彼も信頼しているのだろう。

 本当のところ。


「佐藤くん、今、了弥がどうとか聞こえたんだけど」

と言うと、朝日は、これ以上ないくらい渋い顔をする。


 スマホを机の上に投げて言った。


「……僕と了弥と神田と香月は大学のサークルで一緒だったんだ。


 学部が違うから、キャンパスも違ったけど。

 気が合って、暇なときは、いつも一緒だった」


「なんのサークル?」


「なんだったかな?

 山とか壁とかたまに登ってた気が。


 でも、僕らはほとんど、飲み会にしか顔を出さなかったから」


 あー、大学のサークルでありがちな展開だな、と苦笑いする。


「もしかして、了弥になにか恨みがあって部下の私を監禁してるとか?」


「部下?

 面白いこと言うね、相楽さん。


 部下なんか誘拐してどうすんだよ。

 了弥が君のこと好きだからだよ」


「……それは初耳だわ」

と言って、またまた、と言われる。


「いや、本当に」

「それはそれで、あいつ、問題ない?」

と何故かそう訊いてくる。


「いや……でもまあ、そんな話はしたことないわ」


「そう?

 でも、少なくとも、僕の目にはそう見えたよ」


 そう朝日は言ってくるが、いつ見たんだ? と思っていた。


「ともかく、了弥に恨みがあるのはほんとだよ。

 だから、君を此処にとどめて、あいつを心配させてやろうと思ったの。


 君が僕のことを好きになってくれれば、なお、言うことないんだけど」


「いや、佐藤くん。

 それで、私に付きまとわれたりしたら、どうするの?」


「さっきの電話。

 梶原未里だろ?」


 あれっ? 聞こえてた? と苦笑いすると、

「あいつ、いつかしゃべると思ってたんだ」

とあの冷淡な口調で言う。


「僕の自由を阻害したら殺すって言ったんだって?」


 ああ、と朝日は素直に認めた。


「結構、あの子のこと気に入ってたから。

 僕、女の子にのめり込むの嫌なんだよね」


「そりゃ……意外にいい話ね」

と言って、何処が!? と訊き返される。


「だって、それだけ未里が好きだったってことでしょ?」 


「好きまで行ってたかは知らないよ。

 でも、僕の鼻持ちならない許嫁よりはマシだったかな」


「許嫁?

 そんなの居たの?


 っていうか、そんな人が居るのに、未里と付き合ってたの?」


「彼女には、そういう相手が居るとは言ってあったよ。

 それでもいいって言ったんだ。


 そういうお家だから仕方ないよねって。

 なんかうち、昔、家が良かったみたいでさ」


 いや、今でもいいですよ、と思っていた。


「それで、昔の付き合いで、勝手に僕の結婚相手って決まってたんだよ、子供の頃から。


 顔はそこそこだけど、性格が如何にも女って感じで陰険なところがあって」


 女って感じで陰険って、偏見だ……と思ったのだが、黙っていた。


 余計なことを言うと、話すのをやめてしまいそうだったからだ。


「あんまり好きじゃなかったんだけど、なんかずっと僕につきまとっててさ」


 そりゃ、これだけの人だからね、と朝日を間近に眺めながら思う。


「……それなのに、あの女っ。

 たまたま、了弥や神田たちと居るときに、出会ったら。


 それから、了弥につきまとってたみたいなんだよっ」


 いや、あの、ふたつばかり、突っ込みたいのですが。


 その人のこと好きじゃなかったんですよね?

 そして、貴方も未里とかと浮気してましたよね?


 朝日は冷たい目でこちらを見、

「相楽さんは、本当に口ほどに目が物を言うよね?」

といつか誰かに言われた気がするセリフをまた言われる。


「そうだよ。

 別に彼女のことなんて好きじゃなかったよ。


 了弥が持ってってくれるのなら、万々歳だったよ」


 いや、全然、万々歳じゃないよ、私的には……と思ったが、やはり、此処でもまた黙った。


「だけど、なんだか腹が立ってさ。

 二十年近くその女に振り回され、付きまとわれて来たんだよ。


 それなのに、あっさり了弥に行くなんてなんなの?


 爺さんの頼みだから、仕方ない結婚するかとまで思って生きてきたのに、なんなの?


 泣いて謝ってきたけど、捨ててやったよ。

 向こうの親にも全部バラして。


 申し訳ないって頭下げられたけど、知るもんかっ」


 いや……だから、貴方も浮気してたんですよね?


「なんの取り柄もなくて、勉強もできないくせに、婚約破棄されたから、取り繕うために、留学したらしいよ。


 そこから後のことは知らないよ。

 家同士の付き合いもなくなったからね。


 おじいちゃんにしょんぼりされて、僕もしょんぼりだよ。


 そのうち、なんだか、了弥にも腹が立ってきてさ」


 八つ当たりだ……。


 そこから更に私に来るなんて、最早、八つ当たりも通り越していると思うが。


「あのさ」

と言っただけで、なにっ? と朝日に睨まれる。


 どんだけ心の傷になってるんだ、と思った。


「佐藤くん、なんだかんだ言いながら、その人のこと、好きだったんじゃないの?」


 浮気したりしながらも、その人のところに戻っていたのも。

 未里にのめり込まないようにしたのも。


 本当はいつでも彼女が待っててくれると思っていたのでは。


 それをあっさり了弥に持って行かれたから。


 いや、持って行ったかどうかは知らないが、だからこそ、了弥にも彼女にも腹を立てたのだろう。


 図星だったらしく、

「そうじゃないよっ」

と朝日は怒り出す。


「好きじゃないのに、散々僕を振り回したのに、こういう結果になったことを怒ってるんだよっ」


「それなら、彼女にだけ怒ればいいじゃない。

 了弥に怒る必要、全然ないじゃん」


 そう言い返すと、朝日は腕を組んでこちらを見下ろし、


「……いい度胸だね、相楽さん」

と言ってくる。


「もう一度、なにか飲まそうか?」


「ううん。

 佐藤くんは飲まさないよ」


 そう言い切ると、朝日の方が不思議そうな顔をした。


 なんで? と言う。


「さっき飲んでから、まだあんまり時間経ってないから」

と言うと、……うん、そうか、と本当に壁の時計を見て言ってくる。


 やっぱり、変なところで生真面目だ、と笑ってしまう。


 だったら、この後するべきことはひとつかな、と思った。


 瑞希はベッドに戻り、潜り込んだ。


「もう誰のところに連絡するにも遅すぎるから寝るわ。

 おやすみ、佐藤くん」

と目を閉じると、はい~? と言ってくるが。


 瑞希は片目を開けて言った。


「だって、寝てたら、なんにもしないんでしょう?」


「そりゃそう言ったけどさ。

 あっ、ちょっとっ。

 ほんとに寝ないでっ」

と横に来て、布団を引っ張ってくる。


「だって、佐藤くんが飲ませたんじゃん。

 変な薬」


「変じゃないよ。

 ちゃんと僕がいつも処方してる奴だよ。


 あまり身体に負担がかからないように強くない……


 ちょっと相楽さんっ」


 朝日の説明を聞きながら、やっぱり、そういうところちゃんとしてるな、と思いながら、少し笑ったが、朝日の言葉が途中まで聞こえて、そこから意識がなくなった。


「相楽さんってばっ、信用しすぎっ。

 っていうか、これ、復讐!?」


 なんでだ、と微かに思った気がする――。




 


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