エピローグ
「おはよう。
了弥、相楽さん」
げ。
坂上くん。
了弥と二人で会社のロビーに入った途端、同期の坂上と出会った。
私を処女だと言い切った。
見たらわかるという坂上だ。
会うまいと思っていたのに、と思いながら、
「お、おはよう」
と言う。
了弥は普通に坂上に挨拶し、受付に居た本部長に、なにか仕事の話をしに行ってしまった。
なんとなくそっちを目で追っていると、坂上が言う。
「あーあ。
もう相楽さんも売れちゃったかー」
ひいっ、やっぱり怖いよ、この人、と思っていると、
「でも、結構時間かかったよね?
ずっと仲良かったのに。
この間くらいからだよね?」
と言う。
「えっ。
なんで?」
「いや、僕見たらわかるから」
と坂上は笙が言ってた通りのことを言う。
「ボディタッチの具合で。
距離感って言うの?」
「は……早く坂上くんに会えばよかった」
ともらすと、は? と言われる。
坂上とは最近、話していなかったが、社内では何度か会った。
了弥と居るときに。
それで、彼は早くから、自分と了弥に関係があることに、気づいていたのだろう。
こ……こんな近くに正解を知る方法があったとは、と崩れ落ちそうになる。
「ね、こいつ嫌な能力持ってるだろ?」
といつの間にか側に居た笙が言う。
「僕がこの子いいなあ、と思った瞬間に、ああ、駄目だよ、あれ、部長と不倫してるよとか教えてくれるんだよ」
「ハマる前に教えてやってんだ。
親切だろ?」
「知りたくないことだってあるんだよ、ねえ、瑞季ちゃん」
と言ってくる。
いや、そこで、ねえ、と言われても。
はは……と瑞季は笑った。
「行くぞ、瑞季」
本部長と話が終わったらしい了弥が振り向いて言ってくる。
「『行くぞ、瑞季』だって」
あれじゃ、僕でなくともわかるよねー、と坂上が言っていた。
「あ、じゃあね」
と特に否定もせず、瑞季はエレベーターに乗ろうとする了弥を追いかけていった。
途中でカシャンッとキーケースを落としていた。
「待って。
ごめんなさい」
とそのキーケースを手にエレベーターに乗り込むと、ボタンを押して待ってくれていた了弥が言う。
「もう落とすなよ、鍵」
「大丈夫大丈夫」
と笑ったが、お前の大丈夫ほど、不安なものはない、という顔をする。
新しく新調したキーケースだ。
了弥とお揃いで、お互いの家の鍵が入っている。
だが、了弥は、
「でもこれ、もういらないよな」
と瑞季の家の鍵を引っ張り、言う。
「え?」
「もう返せよ、それ」
そろそろいらないだろ、とあまりこちらを見ずに言う。
その横顔を見ながら、笑ってしまった。
本当に口に出すのが苦手な人だな、と。
でも、私も同じだ。
自分の想いを口に出すのも、勇気を出して、なにかを確かめるのも苦手だ。
でも、もう絶対、間違わないから。
そんなことを思っていると、了弥が言った。
「朝日、ついに買ったらしいぞ、レッドイグアナ」
「え?」
「指をカプッとやられないように気をつけろ」
と言われる。
ははは、と笑うと、
「俺も飼おうかな」
と言ってくる。
「えっ、なんでっ?」
「お前がまた、うっかりなことしたら、お前の指をカプッとやるように」
「じゃあ、私は、また貴方がなにかしらばっくれようとしたら、貴方の家のトイレットペーパーにバーカって書くわ」
莫迦か、と了弥は言った。
「俺の家もお前の家も同じだろうが」
そう言われ、笑ってしまう。
瑞季はキーケースから自分の家の鍵を外した。
「返す前に落とすなよ」
「大丈夫大丈夫」
だから、お前の大丈夫は不安なんだって……と言う了弥の愚痴を聞きながら、二人並んで、エレベーターを降りた。
完
うっかり姫の恋 ~この鍵、誰の鍵ですか?~ 櫻井彰斗(菱沼あゆ・あゆみん) @akito1
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