防犯カメラ


 了解、と神田は言ってくれた。


 備品倉庫の片隅で、瑞季は溜息をつき、冷たいスチール棚に背を預ける。


 確かめよう、今度こそ、と思っていた。


 だが、一人で確認する勇気はなかった。


 未里やエレナたちに確認してもらったら、その場で、いや、この話をした時点で大騒ぎしそうな予感がするし。


 他の友だちに一からしゃべるとか、考えただけで、目眩がしてくるし。


 悩んで、結局、神田に頼んでしまった。


 絶対に当事者でなく、最も冷静そうだったからだ。


 よしっ。

 今度こそっ。


 どんな結末が待ってたとしても、絶対に向き合おうっ、と瑞季は覚悟を決めた。


 そして、二度と深酒はしないんだっ。


 いや、禁酒するっ。


 そう覚悟を決めて、倉庫のドアを開けたとき、目の前に大きな人影があった。


「おっと。

 あれ? 瑞季ちゃん」


 笙だった。


 そういえば、この人も絶対に当事者ではない、と思ったが。


 ……騒ぎそうだな、エレナたちと同じで、と思う。


『えっ? どういうこと?

 これ、どういうことっ?』


 そう言って。


 普段はオッケーだが、今のこの繊細な心が折れそうだから。


「そうだ。

 ねえ、今日、佐々木たちが呑みに行くって言ってたけど、一緒行く?


 ほら、前、瑞季ちゃんが行きたいって言ってた、雑誌に載ってたあの、日本酒がずらっと並んでる店だよ」


 ……しかも、禁酒の誓いまで破らせようとしますよ、この人は、と思って、笙を見上げていた。




「こっちこっち、相楽さん。

 いつも悪いねえ」

と管理人のおじいさんが、瑞季が渡した老舗の和菓子の入った紙袋を手に言う。


 管理人室に通してくれた。


「いやー、ロビーに鍵、なかったけどねえ。

 誰か拾ったのかなあ?


 相楽さんの部屋の鍵もなくなったんだよね?

 それも、一緒についてたの?」

と問われ、はい、と言う。


「そうかあ。

 えーと、機械の操作よくわかんないんだけどね」


「あ、僕がやりますからいいですよ」

と神田が言うと、


「そう? 悪いね。

 ああ、宅配便だ」

と管理人さんはトラックの音に管理人室を出て行く。


 神田はそちらを見ながら、

「古くて規則も緩いマンションでよかったね。

 最近のマンションの防犯カメラはこんな簡単に見られないよ。


 いろいろ細かく取り決めがあるから」

と言ってくる。


「朝日くんも見られないと思って言ったのかな?」


「さあ、どうだろうね。

 朝日、何時って言ったって?」


「2時15分」

と言うと、わかった、と言う。


 ピンポイントでその辺りの時間に飛べるようだった。


 管理人室の隅のデスクに神田は座り、モニターを見ながら、防犯カメラの録画デッキを弄っている。


「デッキの性能は悪くないけど、カメラの方は古いなあ。

 画像が荒いよ。


 こういう防犯カメラは逆に信用しない方がいいよ。

 違う風に映ったりするからね」


「……神田くん、なに私に心構えさせようとしてるの?」

と言うと、あ、バレた? と苦笑いしている。


 少し笑って、

「ありがとう」

と言った。


 朝日のハッタリだといい、そう思いながら、神田が操作するのを後ろから眺めていた。


「じゃ、此処からは自分で見て」

と言うので、神田と代わって椅子に座り、言われるがまま、再生ボタンを押す。


 0205


 0206


 ……


「神田くん……」

「なに?」


「ちょっと緊張しすぎて、気が遠くなってきた」

「そうだね」


 僕もちょっと、と神田は言う。


「早送りしたら?」


 そ、そうね、と言いながらも、すぐには勇気が出ない。


 だが、長く神田に付き合ってもらうのも悪いので、震える指で、1.5倍にしてみた。


 気の短い了弥が居たら、3倍速にしろっ、と叫ぶところだろう。


 0213


 0214


 0215


「誰も映ってないじゃん」

と神田は言うが、いや、朝日だとて機械ではない。


 そこまで正確に覚えてはいないのでは。


 時計を見たのは、ロビーじゃなくて、部屋を出た直後だったのかも、と思ったとき、エレベーターの扉が開いた。


 男だ。


 赤いチェックのシャツをTシャツの上に羽織ったラフな服装をしている。


 二人とも沈黙した。


 瑞季の指が無意識のうちに、倍速を解除していていた。


 実は1分という時間はとても長い。


 ……


 0216


 ようやく時間が変わる頃、男はロビーを出て行った。


「相楽さん、しっかりっ」


 ちょっと意識がふらっと来て、椅子から落ちそうになってしまった。


 佐藤朝日だ……。


「言ったじゃない。

 あの、違う風に映ったりするから」


「神田くん、顔色悪いよ……」


 なんとか誤魔化してくれようとしていた神田だが、こうしていても埒があかないと思ったのか、かなり迷って、その一言を言った。


「朝日があの日着てたシャツだよ、これ」


 瑞季は目を閉じ、考える。


 こうして、現実を突きつけられてみて初めて、本当に冷静に。


 あの晩のあれ、本当に朝日だったろうか?


 どうにも冷静に受け止められないあの夜の記憶を掘り起こそうとする。


 でもそう。

 記憶じゃなく、感覚を信じてみたら……。


 他の誰でもない。


 誰かの想いや、こんな物的証拠に頼るんじゃなくて、自分の気持ちを信じて。


「……相楽さん?」


 瑞季がもう一度、手を伸ばし、倍速のボタンを押そうとしたとき、誰かがその手を止めた。


「はい、そこまで」


 瑞季は振り返る。


 佐藤朝日が立っていた。


 朝日は振り返り、

「管理人さん、すみません。

 鍵見つかりましたー」

と言う。


 管理人さんは、宅配便屋さんから荷物を預かりながら、

「はいはい。

 よかったねー」

と忙しげに言ってくる。


「ほんとに確認するとはね」

と朝日は呟いている。


「もうちょっと勇気がない人かと思ってたよ、相楽さん」


「朝日」

と神田が呼びかける。


 朝日は少し考え、

「呑みに行く? 相楽さん」

と言ってきた。


 いや、だから、なんでみんなで私に禁酒の誓いを破らせようとするのですか、と思っていた。





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