なにを考えているのか、謎すぎる


 なにが朝日くんだ。

 殺すぞ。


 そんなことを思いながら、了弥はもう、いつも通り仕事している瑞季をデスクから睨んでいた。


 だが、だいたい、いつもこんな顔つきなので、誰も特に睨んでいるとも思わないかもしれない。


 瑞季が何故、朝日に会いに行ったのかなんとなくわかるような気がする。


 そろそろ限界か、と思ったとき、瑞季がこちらを振り向いた。


 どきりとしたのだが、そんな感情は顔には出づらいようだった。


 案の定、瑞季はびくりとした顔をしている。

 怒っているように見えたらしい。


 いや、怒ってはいるのだが。

 そのとき、デスクに投げていたスマホが光るのが見えた。


 神田から着信している。

 暇なのか、教師、と思ったが、どうも休み時間にかけてきたようだった。


 とは言っても、移動時間などを考えると、十分もないだろうに。

 わざわざかけてくるとはどうした、と思いながら取ると、いきなり、わめき出す。


 音量を絞り、そっと席を立った。

 瑞季が目で追っているようだった。


 ベランダに出て、後ろの住宅街を見ながら神田の話を聞く。


『聞いてる? 了弥。

 相楽さん、やっぱり、朝日に連絡とっちゃったみたいなんだけど』


 お前が犯人か、と思った。


 なかなか人に連絡先を教えない朝日の連絡先をどうやって知ったのだろうと思っていたのだが。


 あの時点まで接触していなかったということは、朝日は瑞季には連絡先を教えてはいなかったようだし。


「それ、誰から聞いたんだ?」

と言うと、朝日、と言う。


『なんかこう、嫌な予感がして、朝日にかけてみたんだ』

と言うので、


「お前の夢枕にも立ったのか」

と言うと、は? と言われる。


 まあ、夢枕に立ったというより、自分が瑞季のことを気にしすぎて、夢に出てきたというか。


『朝日に一人で連絡するなって言っといたんだけどさ。

 相楽さん、きっと軽く考えてるんだろうなと思って。


 それで、夕べ、相楽さんに電話したんだけど通じなくて。


 どうも朝日が相楽さんを監禁して、スマホ切ってたみたいなんだよ』


 なるほど。

 瑞季が言っていたのと同じことを言ってくる。


 というか、朝日は自分で言ったのか。

 スマホ切って監禁してたと。


 相変わらずだな、と思う。


 捨て鉢に生きているのか。

 犯罪とそうじゃないことのボーダーラインが曖昧なのか。


 本当に困った医者だ。


「瑞季がおかしなこと言ってたんだが。

 俺が朝日の婚約者を取って、朝日がそれを恨んでるとかなんとか」


 誰だ、朝日の婚約者って、と言うと、

『……そこから?

 相変わらずだね』

と呆れたように笑う。


『朝日、監禁だけして、相楽さんにはなにもしてないみたいなんだけどさ。

 もう相楽さんとは連絡取らないって言ったんだよ。


 あれヤバイよ』

と神田は自分が思ったのと同じことを言ってくる。


『朝日は本気になりそうな女の子には近づかないようにするからね。


 すごいよ、相楽さん。

 なにもせずに一晩で、どうやってあの朝日を籠絡したんだろうね』


 いや、いつも通りの考えなしで、素っ頓狂な行動を取っただけだろう。


 朝日の常識もパターンも、なにも彼女には通じなかったに違いない。


『でさ。

 実は、さっき、相楽さんから着信してたみたいなんだよ。

 僕のスマホに』


 ……仕事しろ、瑞季、と思った。


『仕事中で取れなかったんだけど。

 朝日のことでなにか相談があるんじゃないかと思って。

 

 僕、あとで、相楽さんに電話するからね。

 一応、僕は断ったよ』

とわざわざ言ってくるので、


「なんで俺に言う」

と言うと、


『だって、朝日に続いて、僕まで相楽さんとコソコソしてたら、お前が拗ねるかと思って」

と言う。


 俺は子供か。


『ともかく、お前には教えたよ。

 よっぽどのことだったら、また連絡するから』

と言ってくるので、よっぽどのことじゃなかったら、瑞季と二人での秘密にするつもりなんだな、と思った。


「……お前ら、瑞季の何処がいい?」

と疑問に思って訊くと、


『そりゃ、まず、お前に訊きたいよ。

 じゃあね』

と言って電話は切れた。


 なんなんだ、ほんとに、と思いながら、少しほっとしてもいた。


 朝日が瑞季になにもしていないと言うのなら、そうなんだろうと思って。


 あいつはそこで気を使って、なにもしてないなんて嘘をつくような人間ではないから。


 人でなしな友人ほど、隠し事がなくてありがたいときもある。


 自分のデスクに戻りながら、通り過がりに瑞季の真後ろで、ぼそりと言った。


「……淫乱女」


 いや、瑞季はなにも悪くない。


 なんだかわからないが、神田も朝日も、この素っ頓狂な女がいいと思っているだけの話なのだが。


 一体、こいつの何処がそんなにいいんだと思って腹が立ったのだ。


 確かに綺麗だが、それを補って余りあるほど、間が抜けているし、どうかしている。


 神田に言わせれば、まさしく、

『だから、お前が言うな』

 なのだろうが。


 いきなり、通りがけに斬られるみたいに、淫乱女、と身に覚えのない罵りを受けた瑞季が振り向き、

「了弥っ!」

と叫ぶ。


 みんなが顔を上げて、瑞季を見た。


「あ……

 す、すみません。

 真島課長」

と瑞季は謝り、慌てて俯き、キーボードを叩き出す。


 なんなんだ? という顔で見ている者、ニヤニヤ笑って見ている者、いろいろだ。


 莫迦……と心の中では、少し笑いながらも、素知らぬ顔をしていた。


 この騒動のすべてを彼女一人に押し付けるように。


 まあ、このくらいの嫌がらせは許されるだろう。


『すごいよ、相楽さん。

 なにもせずに一晩で、どうやってあの朝日を籠絡したんだろうね』

という神田の言葉が頭に残っていた。


 物凄く嫌な予感がするのだが、気のせいだろうかな、と思っていた。


 スマホを見たが、当たり前だが、朝日からの着信はなかった。




 さて、どうしようかな。


 昼休み、テストの採点をしながら、神田はいろいろ思いを巡らせていた。


 普通の職場とは昼休みの時間が少しずれているが、ちょうどいい感じで、瑞季からかかってきた。


『神田くん』

となにか言いかけた瑞季の言葉を塞ぐように言う。


「あれだけ言ったのに、僕に内緒で、朝日と連絡取って、拉致監禁されてたんだって?」


 さすがに拉致監禁のところは声のトーンを落とし、話しながら職員室を出る。


『ごめんなさい。

 すぐに終わる話だと思ってたの。


 あの夜の相手、朝日くんだったの?

 違うよって』


 朝日はそんな簡単な相手ではない。


 それにしても、朝日くん、か。


「ねえ、相楽さん。

 僕のことも名前で呼んでよ」

と言うと、なにか真面目な話をしようとしていたらしい瑞季が、は? と言う。


 朝日に新しい彼女が出来るのは悪いことではないが、相楽さんはやめて欲しいな、と思っていた。


「いいじゃん。

 なんでも言うこと聞いてあげるから、名前で呼んで」


 ええーっ? と瑞季が困ったような声を上げる。


 声が反響しているが、何処からかけているのだろうな、と思った。


「言って」

「れ、玲くん?」


 ……なんか満足だ。

 子供のときにも呼んでもらったことないのに。


『あのね、神……玲くん、頼みがあるの。

 ちょっと付き合って』

と瑞季は言ってくる。


 瑞季があの可愛い顔で、お願い、と手を合わせている妄想が浮かんできて、つい、ほいほい言うことを聞きそうになる。


 だが、そこは、ぐっと堪えて、

「頼みってなに?」

と訊いてみた。


『あの夜の相手は自分だって、朝日くんが言ったの』


 えっ? そんなはず、と言いそうになる。


 いや、朝日の可能性もなくはないが、自分は違う相手を想定していた。


 瑞季の性格から言って、それ以外ないと思っていたのだが。


『防犯カメラを確認しろって朝日くんが言うの。

 自分が映ってるはずだからって』


 時間まで指定してきた、と言う。


「それ、はったりかもよ」


 そこまで言われたら、人は疑わない。

 そう朝日なら計算していそうだからだ。


 だが、瑞季は違った。


『わからないから、確かめてみたいの。


 管理人さんにはもう連絡したわ。

 もし、都合が合えばでいいんだけど。


 あの……ごめんね。

 ちよっと一人で確認するの怖くて』


 そう言いながら、ちゃんと了弥がまだ帰れなさそうで、自分が合わせられそうな時間帯を指定してくる。


 苦笑いするしかなかった。


「了解。

 頼ってくれて嬉しいよ」

と言って切る。


 ……でも、そういう話に誘ってくるってことは、僕は完全問題外なわけね、とも思っていたが。


 それにしても、朝日、なに考えてんだかな。


 ああ言えば、相楽さんがショックを受けて確かめないと、本気で思っているのだろうか。


 スマホを手に、朝日にかけてみようかと思ったが、自分が訊いても、きっと答えないだろうな、とも思っていた。



 



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