なにか見落としているような……
「ありがとう、朝日くん」
と言いながら、車を降りると、朝日は溜息をつき、
「録画データに映ってるのが僕でも、もう連絡してこないでね」
と言ってくる。
さっき危ないときは連絡してこいって言ったくせに、と思いながら、
「……確かに迷惑かけたけど。
そこまで嫌わなくても」
と呟いた。
せっかく楽しく二人で美味しい朝食を食べたのに、お互い、嫌な気分になるではないかと思ったのだ。
「そういう意味じゃないよ」
と車を出そうとしながら、朝日は言う。
「逆。
だから、もう僕に話しかけないで」
ドア閉めて、と素っ気なく言うので、
「ごめんね。
病院、間に合う?」
と言いながら、ドアを閉めると、
「余裕」
と言うのが聞こえたが、いや、結構ギリギリなんじゃと思っていた。
本当に素直じゃないし、可愛くない。
意外に親切なのにな、と思いながら、朝日の車が交差点を曲がっていくのを見ていた。
「瑞季っ」
と誰かがいきなり背中に飛びついてきた。
見ると、エレナだった。
彼女の長い髪からはいつもいい香りがする。
「誰誰誰っ。
今のすごい車の美形はっ」
と言ってくる。
目敏いな~。
よく車の中に居る人の顔まで見えるな、と思っていた。
「小学校の同級生。
たまたま一緒になって、送ってもらったの」
「どうやって、たまたま朝、一緒になるのよ」
と言うエレナを引きずって、社屋に入る。
外であんまり、わあわあわ言うな~と思いながら。
自分のフロアに上がると、了弥と出くわした。
「……おはよう」
と言うと、
「おはよう」
といつも通りに返してくる。
つまり、いつも通りに愛想もなくという意味だが。
エレナが此処はさすがに気を利かせて、余計なことを言わずに、さーっと居なくなった。
「ごめん、昨日連絡できなくて」
社内だが、課長、無断外泊してすみませんでしたというのも変なので、さすがに此処はタメ口でしゃべる。
人が結構廊下を通るので、少しベランダ側に寄った。
仏頂面の了弥と向かい合っているので、なにかミスして、叱られていると思われたかもしれない。
「死んだかと思ったぞ」
ふいに了弥はそんなことを言ってくる。
「なんでよ。
帰ってこなかったから?」
いや、夢枕に立ったからだ、と言う。
なんだ、それは。
「神田にでも刺されたかと思った」
それでなんで、平然と此処に居るんだ、と思っていた。
「大丈夫だ。
お前が刺されてたら、刺し返してやる」
と言ってくるので、
「いや、それ、なにも大丈夫じゃないよね」
と返した。
夢枕に立った時点で死んでるし。
要するに、なんだかわからないが、嫌味を言っているのだろう。
まあ、住まわせてもらってる身で勝手に外泊したことは申し訳ないと思っているので、とりあえず、深々と謝る。
「実は朝日くんのところに居たの」
と言うと、
「……そう来たか」
と言ってきた。
そう来たかってなんだ……。
「いや、連絡しようと思ってたんだけど。
なんだか朝日くんから目を離せなくて」
「なにをしゃあしゃあと言ってるんだ、お前は」
「そういう意味じゃなくて、あの人危なっかしいから」
と言ったが、胡散臭げにこちらを見ている。
「朝日くんと大学で同級生だったんだってね。
彼が貴方に婚約者を取られた恨みで私を拉致監禁してたんだけど」
「拉致監禁?」
「いや、自分で行ったから、監禁だけかも」
と言うと、ひょいひょい付いて行くなよ、という顔をするが。
いや、私の同級生だが、あんたの友達だろう、と思った。
「それから、朝日の婚約者なんて取った覚えはないぞ。
っていうか、会ったことあるか?」
会ったことあるかってなんだ。
「貴方につきまとってたらしいわよ」
「そうなのか?
俺の視界には入ってなかったが」
……入ってなさそうだな、この人。
興味のないものは、目の前にあっても目に入らなさそうな人だ。
ちょっとほっとしてしまっていた。
「ともかく、朝日にはもう近づくなよ」
と言ってくるので、
「近づかないし。
朝日くんにも、近づくなと言われたわ」
と言うと、
「なんでだ。
お前が朝日に迫ったのか」
と阿呆なことを言ってくる。
「私にそんな積極性と能力があると思ってるの?
なんだかわからないけど、もう連絡してくるなと言われたのよ」
そう言うと、了弥はなにか考えている風だった。
「ねえ、なんで、朝日くんと神田くんと一緒の大学だったって教えてくれなかったの?」
「教える暇があったか?
お前、朝日のところに行くと、俺に言わなかったじゃないか」
それはそうなのだが。
なにやら、話を誤魔化されているような、と思ったところで、部長がやってきた。
「おはようございます」
と言って了弥が行ってしまったので、話はそこまでになってしまった。
なにか壮大な見落としをしている気がする。
そこが欠けているから、話が見えて来ないような、と思いながら、了弥の後ろ姿を見送っていると、後ろからどつかれた。
「瑞季、お茶!
ぼんやり課長に見惚れてないのっ」
とエレナに言われ、なにか言い返す気力もなく、はいはい、と彼女について給湯室に行った。
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