あー、……はい

 

「だから、お前の婚約者など知らんと言ってるんだ」


「紹介したじゃん。

 街でバッタリ会ったとき~。


 もう幼稚園くらいから、僕につきまとってたんだよ、あの女」


「今も見えないだけで、つきまとってたりしてね」


 揉めている了弥と朝日……


 いや、一方的に朝日が文句を言っているだけで、了弥はあまり聞いてはいないんだが。


 そこに神田が余計な口を挟み、慌てて、朝日があたりを見回していた。


「しかし、解せないねえ。

 そのとき、香月も僕も居たと思うのに、なんで了弥?」

と神田がよくわからない文句を言っていた。


「お前に、了弥ってことは、なんかこう、目つきの悪い、腹黒そうな男が好みなんじゃないの? その婚約者って」

と言って、二人に、腹黒いのはお前だろ、と言われていた。


 なんか、このメンツ。

 これはこれでいい組み合わせだ。


 いい組み合わせなんだが……。


「うっかり姫、どうしたの?

 お酒、進んでないじゃない」

と朝日がこちらを見て言ってくる。


 ……うっかり姫、やめてください。


 いや、いろいろと思い返してみれば、本当に、いろいろとうっかりだったんだが。


「来たよーっ」

という声がして、未里が駆け込んでくる。


「梶原さん、子供どうしたの?」

と朝日が訊いている。


「寝かしつけてきたのよー。

 私、チューハイ、ライム」

と座る前に壁のメニューを見て、側を通った店員さんに頼んでいた。


 席に着こうとして、了弥の隣しか空いてないことに気づくと、赤くなり、

「えーっ。

 私、佐藤くんの横はちょっと緊張しちゃうなー」

と言う。


「瑞季か、佐藤くん代わってよ」

と言っている。


 いや、それだよ、と思いながら、瑞季は聞いていた。


「やだよ。

 僕は姫の横がいい」

と朝日は拒否する。


「しかも、なに、さりげなく、神田の側に行こうとしてんの?」

「だって、神田くん好みなんだもん」


「じゃあ、なんで僕と付き合ったの?」


 いやあ、と未里は笑っているが、本当は単に、神田の側が一番緊張しそうにないからだろう。


 結局、神田が了弥の横に行き、瑞季を挟んで、朝日と未里が座ることになった。


「あのー、了弥。

 お母さんの旧姓って……」


「佐藤」


 ですよねー……。


 あのとき、未里は言っていた。


『佐藤と、……ちょっとうるさいなー、もうっ』


 そこで、子どもに飛び乗られ、話が中断して、


『佐藤と帰ったみたいよって。

 美羽も酔ってたから定かじゃないみたいだけど。


 ……って、離せっ、翔っ!』


 そのあとも、


『あんたさ。

 まさか、佐藤朝日の方と連絡取ったりしてないよね?』

と言っていた。


 佐藤朝日の方、と。


「佐藤……二人居るのなら、そう言って」


「あ、また、姫が倒れてる」

と神田が串を食べながら言う。


「えっ?

 なんで、あんた、佐藤くんの名字が佐藤だって知らないの?」

と未里は駆けつけ三杯、頼んでもないのに行きそうな勢いで、チューハイを呑んだあとで訊いてきた。


「だって、了弥が転校してきてたとき、この人、複雑骨折で、学校来てなかったじゃない」

と朝日が倒れている瑞季の頭を指差し言う。


「あーっ。

 そうだっけー?


 なんかあんた、ずっと居た気がしてたから」


 怪奇現象か。

 私の霊でも学校に通ってたとでも言うのか。


 いや、だが、まあわかる。


 私も未里とはずっと一緒に居た気がしてるけど、よく考えたら、あんまり同じクラスだったこともないし。


 まあ、人の記憶なんてそんなものか、と思う。


 そうそう。

 言ってた言ってた。


『うちの両親がなかなか大変だったから。

 何度も離婚してみたり、結婚してみたり』


 了弥曰く、『二人で、阿呆みたいに、離婚したり結婚したり繰り返してる』その間に、転校してきてたのが、うちの学校でうちのクラスだったのだろう。


 そして、恐らく、一ヶ月くらいで復縁して、『佐藤了弥』は去って行った。


「一ヶ月だったのかー。

 佐藤くん、クラスに馴染んでたし、イケメンだったから、インパクト強くて、ずっと卒業まで居た気がしてたよー」


 それもどうだ。


 こいつの記憶は本当に当てにならん、と古い友人の顔を見るが、自分自身失態続きなので、なにも言えなかった。


「そう。

 だから、僕らは、小学校、高校、大学が一緒なわけ」

と神田が言う。


 なるほどー。

 それは仲がいいはずですねー、と口に出したら、棒読みになりそうなことを思っていた。


 だからさっきも、私は未里のことを名前でしか言ったことないのに、『梶原さん』だけで、

『ああ、コロッケの』

になったわけだな……。


 あのピラミッドの番組。

 まあ、新聞のテレビ欄とかでわかることだけど。


 朝日くんが、ピラミッドの番組があると同窓会で言ってたらしいし。


 思い起こせば、いろいろとポロポロと……。


 きっと他にもなんかうっかり気づかず、通り過ぎっちゃったことがあるんだろうな、と思っていた。


「ねえ、瑞季。

 そういえば、あんた、こんなところで、イケメンに囲まれて酒呑んでていいの。


 会社の課長と一緒に暮らしてるんじゃなかったの?」

と言われ、目の前に居る了弥を指差すと、未里はしばらくジョッキを口に運ぶ手が止まっていた。


「……あーっ!」

と叫ぼうとする未里の口を朝日と二人で塞ぐ。


 予想がついていたからだ。


「やだっ。

 了弥って、佐藤くんっ?


 だって、真島了弥って……


 あー、そうかっ。

 だって、あんた、真島課長って言うから。


 了弥って、よくある名前だし。


 嘘ーっ。

 もしかして、佐藤くんが、初恋の人だったとか?」


 だから、小学校のときは、顔合わせてないんだってば、と思ったが。


 待てよ。

 初恋と言えば、初恋なのかな? と思う。


 この歳になって、今? とか言われそうで恥ずかしいけど、とちょっと赤くなってしまう。


「やだ、なに。

 なんなの?


 一緒に住んでるのに、小学校の同級生なの知らなかったの?」


 はい。

 知りませんでしたよ、全然。


 同窓会で顔を合わせていたことも。


 その辺は酒で記憶がないし。


 いや、佐藤了弥は一次会には来ていなかったから、途中で参加したこの人を、単に、佐藤朝日の友人として来たと思っていたのかもしれない。


 というか、どのみち、その辺は記憶も意識も朦朧としていて残ってないし。


 でも……なんであんなに酔ったか、ちょっとわかった、と思っていた。


 了弥が居たから、少々呑んでも大丈夫だと思って、安心して、気が緩んでいたのだ。


「俺も知らなかった」

と了弥が言う。


「お前が小学校の同級生だったとはな」


 そりゃ、前もってどっちかが知ってれば、話題に出てただろうからねーと思う。


「相楽さん、もう一杯どう?」

と神田が訊いて、了弥がもう呑ませるな、と言っていた。


 いや、酔いたい。

 今日ばかりは……。


「あれっ?

 じゃあ、あんたをお持ち帰りしたのって、佐藤くんじゃないの?」


 こっちの、と了弥を指差す。


「じゃあ、なんにも問題ないじゃん」


 まったくですよ。

 それが本当ならね、と思っていると、朝日が肩をつつき、それを見せてきた。


 あの予備と書かれたプレートのついた鍵だ。

 目の前にぶら下げられる。


「あれっ?」

とそれを手に取った。


 プレートは確かに自分のだが、鍵は似ているが違う。


「僕が持ってるの、この予備のプレートだけだよ。

 鍵はたぶん、了弥が持ってる。


 まあ、その辺の事情は、僕の口から話すことじゃないよね。


 本当は、昨日、君が寝てる間に、鍵もコピーしちゃおうかなと思ったんだけど。


 鍵の先端が同じより、形が似てる方がいいかと思って、やらなかったんだよ」


 合鍵作ったとき、鍵の持ち手の形は全然違ったりするから、と言う。


 道義的な意味合いで作らなかったんじゃないのね……と思いながら、その言葉を聞いていた。


「なんで、お前がそれを持ってるんだ」

と了弥が朝日に言う。


 そして、

「お前、戻ってきたのか、あのあと」

と罰悪そうに言っていた。


「お前も戻ったんだろ?

 僕より先に。


 僕は本当に忘れ物取りに戻っただけだったんだけどね」


 ……なんだろう。

 死ぬほど嫌な予感が。


「戻ってきたって、あのー」


「相楽さんを送ってきたのは、僕と了弥。

 二人とも帰ったはずだったんだけど。


 了弥は下心があって、先に戻って、僕は、本当に忘れ物して戻ったの」


 下心とは人聞きの悪い、と言う了弥は珍しく顔を赤らめていた。


「君の部屋の鍵はさー、たぶん、了弥が、鍵かけて帰らないと危ないからとか酔っている君に言って、ゲットしたんだよ。


 予備ってプレートはそのとき落ちたの。

 それを僕が拾ったわけ」


「拾ったって、家の中だろ」


「そう。

 だって、鍵開いてたから。


 オートロックじゃないからね、相楽さんのマンション。


 まあ、だから、了弥が鍵をかけるって口実で、合鍵貰えたというか、奪えたんだろうけど」

と言う。


 ……なるほど、と思いながらも、まだ頭を整理できないでいると、了弥が溜息まじりに口を開いた。


「昼に神楽にお前を誘ったとき、本当は、今後の話をしようと思ってたんだ。


 知らなかったから。

 お前が覚えてないことを」


 唖然としたぞ、と言われる。


「でもまあ……ちょっとホッとしてもいた」


 ホッとした? なんで? と思っていると、朝日が、

「だって、あれ、ほとんど無理やりだよねー」

と言い出した。


 あーあ、と思って見てたんだけど、と言う朝日に、

「……見てるなよ」

と了弥が言う。


「そもそもお前が神田や朝日とチャラチャラしてるから悪いんだろっ」


 ええっ?

 私が悪いんですか? と思ったが、どうも気恥ずかしさと申し訳なさを隠すために、了弥はそういう言い方をしているようだった。


 そうか。

 そうなのか。


 了弥自身忘れていて欲しかったから、覚えていないのなら、と知らんぷりをしようとしてたのか。


 ……ロクでもない話だな、おい、と思う。


 そういえば、もし、みだらな行為に及んだ相手を発見しても相手を責めるなとか言ってたな、と思い出す。


 あれは単なる自己弁護だったのか……。


「あのさー、了弥。

 どんな状況であったとしても、相楽さんって、好きでもない人とはしないよ」

と朝日が突然言いだした。


「きっと、舌噛み切って死ぬよ」


 いや、……さすがにそこまでは、と思ったが、それにしても、一番問題のある朝日が何故か、一番援護射撃をしてくれている。


 私をサルモネラがついてるかもしれないレッドイグアナでカプッとやらせようとしたくせにな、と思っていた。




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