秘密兵器があるのです

 

「ひどすぎる……。

 了弥め。


 神田くんは関係ないの、最初からわかってて、面白がってたのね」


 お詫びに寿司を奢るからと神田に言われ、近くの寿司屋に来ていた。


 回らない店だ。


「私がじたばたしてるの見て、面白がってたんだわ。

 っていうか、鍵屋さんはどうなったのよっ。


 もう絶対、鍵付け替えて、出てくんだから~っ!」


 こうして、ぐずぐず言うことがわかっていたからか。


 カウンターではなく、締め切れる座敷を神田は指定していた。


 ので、思う存分、ぐずらせてもらう。


 いろいろ言いたいところのことはあるのだが。


 やはり、保健室の一件が一番問題で。


 恥ずかしさのあまり、了弥と口もきけなくなりそうなので、とりあえず、八つ当たりをする。


「いや、了弥が僕じゃないと知ってて、面白がってたってのは、たぶん、言い過ぎだよ」


 見守ってたんだよ、きっと、とさすが友人、あれだけ揉めていたのに、了弥をかばってくる。


「神田くん、実はいい人ね……」

と恨みがましく見ながらもそう言うと、


「ほら、相楽さん、お寿司来たよ。

 ねえ、本当に並でいいの?」

と言ってきた。


「いいの。

 私、海老は生じゃない方が好きだし、イクラもウニも苦手なの。


 うなぎとかは好きだけど」


「じゃ、うなぎ頼んであげるよ」


 すみませーん、と障子を開け、店員さんを呼ぼうとするので、いいよ、と止める。


「もういい。

 美味しいね、此処のお寿司。


 酢飯がほんのり甘くて絶妙」


 ぐずりながらも、パクパク食べているのを神田は面白そうに眺めたあとで、

「……うん」

と言い、笑う。


 なにか今までとは雰囲気が違っていた。


 笑顔なのは一緒だが、前程、なにか企んでそうにない、というか。


 少し打ち解けた空気を感じた。


 ひとつ、秘密が消えたせいかもしれないと思う。


 そのとき、また神田のスマホが鳴って、すぐに了弥の声が聞こえてきた。


『二人とも、昼は食べたのか?』

と訊いてくる。


「今、食べてる、お寿司」

と神田が言うと、


『……死ねっ』

と言って、電話は切れた。


 思わず、笑ってしまう。


「仕事、煮詰まってるんじゃ……。

 なにか差し入れてあげようか」

と言うと、神田が、


「もう怒ってないの?」

と訊いてくる。


「怒ってるよ。

 でも、とりあえず、お腹空いて、苛立ってる人はなだめておこうかと。


 了弥にまだ食べないように言って」


「自分で言いなよ~」


「いや、口ききたくないから」


「わかんない人だねえ」

と言っていたが、笑っていた。




「お前ら、なにしに来た」


 案の定、デスクに齧り付いて仕事をしていた了弥が顔を上げてこちらを睨む。


「いやいや、差し入れ」

と神田が、寿司折を了弥の目の前にぶら下げる。


「相楽さんから」

「いらんっ」


「特上なのに。

 私は、並を食べても、了弥に特上を買ってきてあげたのに」


「お前は、並以外食べられないだろうが」

と言い、了弥は神田の手から奪い取るように、それを取っていた。


「さすが、よくご存知で」

 神田がちょっと冷ややかに言う。


「ま、私のお寿司は神田くんが奢ってくれたんだけどね。

 お茶淹れてくるね」


 瑞季が給湯室へと向かおうとすると、

「逃げるのか」

と了弥が言ってくる。


「なんでそうなるのよ」


 これはなにかのデスマッチか、と思いながら、

「お茶淹れてくるって言ってるでしょっ」

と言い返した。





 了弥が瑞季が給湯室へ向かうのを見送っていると、そちらを振り返りながら、神田が言ってきた。


「バラして悪かったけどさ。

 これ以上黙っておくのも、どうかと思ってさ」


 神田を見上げ、

「……わかってるよ」

と言うと、


「お前がなにを秘密にしておきたいのか、わかるんだけど、わからない」

と言われる。


 了弥は渋い顔をして、腕を組んだ。


 エレナの、

『もしかして、課長も自分に自信がない人なんですか?』

という言葉が頭に浮かぶ。


 そうなんだろう。

 たぶん、俺は自分に自信がないから……。


 溜息をつき、

「俺はお前になりたいよ」

といつも何者にも揺らがない友人を見上げて言ったが、彼は、


「いや、僕は今、本気でお前になりたいね」

と言ってくる。


 ん? と見たが、首から部外者が入るときのバスを提げた神田は今の話を打ち切るように、周囲を見渡しながら言った。


「これが会社ってものなんだねえ。

 僕らはほら、学校から出たことのない人間だから」


 いや、それもある意味すごいよな、と思っていると、神田が、


「ところで、相楽さんちの部屋の鍵なんだけど」

と言ってきた。


 だが、そこで、瑞季が戻ってきたので、二人とも黙る。


 三人分のお茶を淹れてきた瑞季は唐突におかしなことを言い出した。


「今日、了弥のうちで、すっごい美味しい肉じゃが作ることにした」

「なんの宣言だ、それは……」


 何故、うちで?


 いや、うちに住んでいるのだから、うちで作っていいのだが。

 そういう言い方をするということは、神田を招くということか?


 それに、すっごい美味しいかどうかは、食べた人間が決めることだろうが、と思っていると、ふふふ、と瑞季は笑う。


「私には、すごい秘密兵器があるのよ」


「あのー、それ、結構危険な秘密兵器だよ」

となんのことだか、わかっているらしい神田が言う。


 その秘密兵器も気になるが、

「今の言い方からして、今夜は神田も一緒ってことか」

と椅子に背を預け、確認すると、


「いい?」

と訊いてくる。


「いいも悪いも。

 今はお前の家みたいなもんだ。

 好きにしろ」


 もうなにもかもバレているのなら、別に神田を遠ざける理由はない。


 いや、なにもかもではないが……。


「で、なんでそんな話になったんだ?」

と問うと、


「いやいやいや。

 神田くんが私が料理ができなさそうだって言うから」

と言ってくる。


「実際、そんなにできる方じゃないよな」

と言ってやると、


「そうなんだけどさ。

 スペシャルな肉じゃがは作れるのよって、さっき言っちゃったから」

と言ってくるので、その威張りようが、ちょっと可愛い、と思いながらも、


「……大丈夫か?

 俺が裏で作っておいてやろうか?」

と言うと、瑞季は、もうっ、と言う。


「此処で言ったら、裏で作ってもらっても意味ないじゃない」


 神田が、

「バレなかったら、それでいいわけ?」

 相楽さんのプライド、何処へ行ったの? と呆れたように呟いていた。


 本当にざっくりな奴だ……。






 


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