容疑者 佐藤朝日

 

 瑞希がとっておきのお肉で作った肉じゃがは、本当に美味しかった。


「お前、本当に肉じゃがだけだなっ」

と他の料理をすべて作らされた了弥は文句を言っていたが。


 食後は、了弥が淹れてくれた珈琲を飲みながら、三人でDVDを見た。


 神田がつい、解説を始めると、瑞希は感心し、了弥は、

「うるさい、黙れ」

と文句をつけてくる。


「じゃあね、また」

と瑞希と了弥に手を振られ、神田は了弥の家を後にした。


 面白かったけど、なんか新婚家庭から見送られるみたいでやだなあ、と思いながら、車で少し走ったとき、スマホが鳴った。


 まだ住宅街の道で、他に車も居なかったので、脇に避けて、それに出る。


 なにか忘れ物でもしたかな? と思ったのだが、『佐藤朝日』からの着信だった。


 はい、と出ると、

『なんだったの? 昼間』

と今頃訊いてくる。


 相変わらずマイペースなやつめ、と思いながら、

「いや、たいした用じゃないよ」

と言ったのだが、嘘つけ、と言われる。


 確かに、朝日に嘘は通じない。


 仕方なく、全部話すと、

『なんだ、あのとき、相楽さんを連れてきてたんだ。

 じゃあ、帰ればよかったよ』

と言い出す。


 なんだろう。

 こいつ、実は相楽さんに気があるとか?


 実はやっぱり、こいつが問題の相手だったとか?


 いろいろ妄想していると、

『神田』

と呼ばれた。


「え、なに?」


『僕の連絡先、相楽さんに教えといてよ』


 じゃあ、と勝手に電話は切れる。


 いや、教えといてよって、と思いながら、スマホを見ていたが、後ろから車のライトが近づいてきたので、慌てて、それを置いて発進した。





 神田が片付けも一緒にやってくれたので、後はお風呂に入って寝るだけだ。


 ちょうどスマホにメールが入ったので、

「了弥、先に入っていいよー」

と言って、瑞希はそれを手に白いソファに腰を下ろした。


 あれ? 神田くんからメールだ。


 開けてみると、佐藤朝日の電話番号が記載されていた。


『朝日が教えろって言ったから、教えたけど。

 一人でかけない方がいいかもよ』

と番号の下に書かれている。


 決して一人では見ないでください……という怪奇もののお決まりの文句を思い出していた。


 かけたら、どんな恐ろしいことが……と思っていると、今度は電話がかかってきた。


 未里からだ。


「はいはい?」

と出ると、


『瑞希、あんたさー。

 あのあと、どうなった? 神田くんとは』

と訊いてくる。


「神田くんなら、今、帰ったよ」

と言うと、えっ? と未里は声を上げる。


「いや、了弥のうちに遊びに来たの。

 神田くん、了弥と高校と大学が一緒だったんだって」


 なにそれ、と言った未里だったが、何故かそこで声をひそめて、

『あんたさ。

 まさか、佐藤朝日の方と連絡取ったりしてないよね?』

と訊いてくる。


「え、なんかまずい?」


『まずいっていうか。

 あんまり近づかない方がいいと思うから』


 そんな不思議なことを未里は言う。


 後ろでご主人の呼ぶ声がし、未里は慌てて電話を切ろうとする。


『じゃあね、ともかく、佐藤朝日には気をつけて。

 じゃっ』

と言って、電話は切れた。


 な……なんなんだ、一体、と思って固まっている自分をチラと見ながら、風呂場に行きかけた了弥が、

「どうした、瑞希」

と訊いてきたのだが、なにがなんだかわからず、スマホを見ながら、


「あ……うん」

と適当な返事をしていると、


「一緒に風呂入るか」

と訊いてきた。


「あ……うん」

と言ったあとで、ええっ!? とスマホから顔を上げると、了弥の姿はもうバスルームに消えていた。


 生返事を続けていたので、からかわれたようだ……。





「一緒にお風呂入っちゃえばよかったのにー」


 大きな声で言ったエレナに、周りの社員たちが、ギョッと振り返る。


 エレナ……此処は社食だ。


 スプーンを持つ手を止め、瑞希は固まる。


 今日はカレーな気分だったので、カレーにしてみたのだが、今、一気に食欲がなくなったぞ、と思っていた。


「なんなのよ、もったいない~。

 課長がジョークで言ったとしても、そこから話が進んだかもしれないのに。


 もう~、なにやってんの~。

 そんなんだから、今まで、浮いた噂のひとつももなかったんじゃないの?」


 瑞希はチャンス逃しすぎー、と説教されたが、エレナの声の大きさにハラハラして、内容が頭に入ってこない。


 浮いた噂ねえ。


 昨日の神田からのメールで、朝日の連絡先はわかった。


 一人ではかけるなとは言われたのだが、だからと言って、神田の立ち会いの許にかけるのも変だし。


 一言、朝日に訊けば、終わることではないだろうか。


『私、あの日、佐藤くんと一緒に帰ったっけ?』


 うん。

 駅まで一緒に帰ったよ、でもいいし。


 いや、一緒には帰ってないよ、でもいい。


『そうなんだー。

 ありがとう。


 またいつか、同窓会あるといいね。

 じゃっ』


 そうそう。

 それそれ、それで終わりよ。


 あのときの相手が朝日じゃないとわかるだけでいい。


 もう充分、自分は調べた。


 これで全部終わりにして忘れることにする。


 未里やエレナが言うように、目の前の幸せを逃がして後悔したくはないからだ。


 まあ、では、目の前の幸せがなにかと問われると困るところだが、と思いながらも、眠っている自分に了弥がそっとしてきたキスを思い出していた。


 彼の本心はまだわからないが。


 少なくとも自分は嫌ではなかった。


 ……と思う。


「ちょっと、なに一人で照れてんの?」


 呆れたように言うエレナの向こうに、なんとなく了弥の姿を探したが、今日は社食には来ていないようで、居なかった。




『私、あの日、佐藤くんと一緒に帰ったっけ?』


『そうなんだー。

 ありがとう。


 またいつか、同窓会あるといいね。

 じゃっ』


 最後の、じゃっ、てところまで何度も練習してかけたのに、朝日の答えは、予測していた、どれとも違っていた――。





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