佐藤……佐藤


 了弥が風呂に入っている間、瑞季は慌てて、佐藤の連絡先を探していた。


 佐藤、佐藤……


 確か。


 佐藤朝日あさひ


 可愛い系の顔だけど、確か、めちゃ頭が良かった。


 お医者さんになったとか聞いて、ああ、やっぱりねって思ったんだった。


 斉藤、佐々木、佐田……


 あれっ?


 ないっ!


 佐藤はないっ。


 でも、そうか。


 神田くんだって、勝手にスマホに入れたって言ってたし、普通入ってないよなー。


 了弥はまだ風呂のようだ。


 未里に電話しようかと思ったが、もう十時だ。


 小さな子どもの居る未里は、もう寝ているに違いない。


 少し迷って、神田にかけた。


 あんなことのあとだ。

 かけられた神田も驚いたようだった。


『どうしたの? 相楽さん。

 デートのお誘い?』


 軽口を叩く余裕は相変わらずあるようだ。


 じゃあ、大丈夫か、と思いながら、


「ごめん。

 佐藤くんの連絡先知らない?」

と訊くと、


『……鬼だね、君は』


 人に期待させておいて、と嫌味を言われる。


『僕が教えると思うの?』

と言われ、


「神田くん、親切だから」

と言うと、神田は溜息をつき、


『君は人のツボを突くのが上手いよねえ』

と言ってくる。


『僕が君に良く思われたいのを利用して、他の男の連絡先を訊いてくるとは』


 でも、素直には教えてあげないよ、と言う。


『佐藤朝日は、この春から、大学病院を出て、おじさんの病院に勤めてる。

 佐藤医院だよ』


 佐藤医院って……


 めちゃたくさんありそうなんですけどーっ。


 確か、佐藤くんのお父さんの病院も佐藤医院だし。


 でも、同じ名前を使ってるってことは、佐藤くんの実家の病院からは遠いのかな。


 近くに同じ名前で同じような病院とか造るわけないし。


 いやいや。

 片っぽ、皮膚科とか、整形外科ってこともあるかもしれないぞ。


 確か、佐藤くんのお父さんとこは、小児科と内科だった、と思いを巡らせていると、

『ちなみに、内科らしいよ』

と言ってくる。


『県外だったりしてねー』

と神田は笑う。


 そ、そういう可能性もあったか。


 県外の佐藤医院とか。

 もうどうやって探していいのかわからないんだけど。


 とりあえず、実家に訊いてみるか、と思ったら、

『ああ、朝日は、実家と仲悪いからかけない方がいいよ』

と言われる。


 うっ、と詰まった。


『まあ、せいぜい頑張って。

 ああ、この日曜とかに、僕とデートしてくれるんなら、車で連れてってあげるよ。


 朝日の今の家まで。


 ……ちなみに、朝日の住所とか電話番号。


 他の女の子とかに訊いても無駄だよ。


 朝日、前に女の子に付きまとわれて、閉口したから、絶対、誰にも教えないし。


 男も無理だよ。

 あんまり信用しないから、誰のことも』


 そ、そんなキャラだったっけな、佐藤くんって。


 いつもニコニコしていたようなイメージが、と思っている間に、

『じゃあ、連絡待ってるねー』

と言って、神田は電話を切ってしまう。


 いつの間にか、了弥が風呂から出ていた。


「起きたのか、瑞季」

と少し赤くなって言う。


 さっきのキスのことを思い出しているのかもしれないと思った。


 自分もそうだから。


「あ、うん」

と言いながら、スマホを置くと、その手を見ながら、


「風呂、入ったら?」

と言ってくる。


「ありがとう」


「俺、シャワーにしたけど、湯船につかりたかったら、お湯張れよ」


 了解、ありがとう、ともう一度礼を言い、立ち上がった。




 眠れない……。


 未里は目を覚ました。


 十一時だ。


 いつもなら、疲れて爆睡なのに。


 ふっと目を覚ましたのは、子供の足が顔に乗っていたせいかもしれしないし。


 瑞季に言ったことが気になっていたからかもしれない。


 あの莫迦、どうして、ああなのかしら。


 瑞季が気にしているようだから、あの夜のこと、調べてやったけど。


 そんな一夜の過ちをいちいち気にする方がどうかしている。


 親が変な貞操観念を植え込んだ弊害だな。


 いや、それ自体は悪いことではないのだが。


 それで、今、目の前にある幸せを逃しては、意味がないような気がするのだが。


 あと美羽も相当酔っていたようで、記憶が怪しいらしいことも気になるが。


 淡い色のスクリーンカーテンの向こうにまん丸な月が見えた。


 旦那も子供たちも良く寝ている。


 うーん。

 まさか、瑞季の相手、佐藤朝日ってことはないだろうし。


 あれはヤバイ。

 あの男は……。


 まあ、どのみち、朝日とは連絡はつかないだろうから、大丈夫か、と子供たちの隙間に身を横たえる。


 年子の男女を持つと毎日が戦争だ。


 早く寝て体力養わなくちゃ、と思ったとき、ドスッと腹にかかと落としを食らった。


「翔~っ!」

と叫ぶ。




「おはよう、うっかり姫」


 日曜の朝、待ち合わせた駅前のロータリーに先に着いていた神田が車の前で、そんなことを言う。


「乗って」

と言い、運転席側に回る神田に、


「うっかり姫ってなに?」

と言うと、


「いやあ、また、うっかり僕を信じて、こうして出てきちゃうから」

と言う。


 助手席に乗りながら、

「信じてるよ。

 神田くん、悪い人じゃないもん」

と言うと、神田はシートベルトにかけた手を止め、こちらを見たあとで、


「そういう手もありか」

と言ってきた。


「なに、そういう手って」


「いや、そんな真っ直ぐ見つめられたら、さすがの僕も恥じ入るね」

と言ってくる。


「でも、気をつけて。

 朝日は、そこで、君に対して、不誠実な行いは出来ないな、とか思うような男じゃないから」


「さ、佐藤くんって、そんなキャラだったっけ?」


「あいつ、いつも笑顔だけど、誰のことも信用してないよ」


 神田もいつも笑顔で腹黒いが、そういうのとは違いそうだ、と思いながら、

「でも、それなら、なんで、お友だちやってるの?」

と訊くと、神田は自分でもちょっと考えてみたようで、


「なにかこう……見捨てきれない奴なんだよね」

と呟く。


 その一言だけで充分かな、と思った。


 完全に悪い人、というわけでもなさそうだ、と思う。





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