意外と本気みたいで

 

「まるで、ストーカーだね。

 学校までつけてくるとはね」


 しゃあしゃあとそんなことを言う幼なじみを了弥は苦々しく眺めていた。


 神田が瑞季から手を離した理由は、瑞季に言ったことがすべてではない。


 窓の外から自分が顔を覗けて、睨んでやったからだ。


「うるさい。

 さっさとスペシャル版のDVDでも焼いてこい」

と言うと、


「お前のために焼いてんじゃないよ。

 相楽さんのために焼いてんの。


 生意気言ってると、全部しゃべっちゃうよ、相楽さんに……」

と笑って言う。


「なんの話だ」


「いやいやいや。

 まあ、別に僕は今のままでいいんだけどね」


 よし、帰って早速、DVDを焼こう、と神田は言う。


「瑞季には、郵送で送れ」


「なに言ってんの、呼び出すよ。

 人のいい相楽さんは、僕が改心したと思って、昼にでも呼べば、なんの疑いもなく来てくれるよね」


 お前な~っ、と睨んだが、

「いや……でも、ほんと、大丈夫だよ。

 思ったより本気みたいでさ。


 相楽さんに泣かれたら、お前が来なくても、なにも出来ないよ」

と言ってくる。


「じゃ」

と行こうとして、ああ、そうそう、と神田は振り返った。


「夏に高校の同窓会があるみたいなんだけど、来る?」


「行かない」

と言うと、言うと思った、と笑う。


「……鬼だよね、お前の方が」


 鬼畜だよ、と丁寧な口調で嫌味を言い、今度こそ、神田は帰っていった。


 その後ろ姿を見送りながら、瑞季があの莫迦に呼び出されないよう、見張っとかないとな、と思っていた。



 


「ごめん、急に」

と瑞季は揚げ物をしている未里に手を合わせた。


「いやー、いいよいいよ。

 あんたの貞操も無事でなにより」

と旦那も居るのに、言ってくる。


 人の良いご主人は、ただ、ははは、と笑っていた。


 了弥の家は一軒家なので、表札も出ているし、どんな人が住んでいるのか丸わかりだ。


 いろいろ追求されそうなので、同じ駅から歩いていける未里のマンションにお邪魔したのだ。


「すぐ帰るから」

と言うと、未里は、


「あら、食べていけばいいのに」

と言ってくる。


「ご飯、すぐできるから、子どもたちと遊んでてよ」


 間違い電話をよくかけてくる子どもたちはテレビの前で、それぞれがおままごとと警察ごっこをしていた。


 なにか統一性がないのだが、時折、話が噛み合っているようだ。


 それを面白おかしく見ながらも、

「いや、了弥がもう帰るから帰る」

と言うと、


「そっかー、まあ、そうだね。

 じゃあ、コロッケ少しあげるから、持って帰って二人で食べな」

と言ってくれる。


 なんか……いいお母さんになったなあ、と思いながら、惚れ惚れと友人を見てしまう。


 いつか自分たちもこんな風になれるのかな、と思った親世代の応対に、未里はもう近づいている。


 それに比べて、なんか私は、いつまでも、ふわふわしているな、と反省をする。


「今度、連れてきなさいよ、その真島課長とやらを」

と言われ、うん、わかった、と言った瑞季が、


「了弥、きっと、かけるくんと気が合うよ」

と言うと、未里は、えっ? うちの子と? という顔をして、テレビの前を見ていた。


 


 神田が帰ったあと、了弥はコンビニに居た。

 雑誌コーナーに居ると、やがて、瑞季が目の前を通る。


 手には、あのマンションに入る前には持っていなかった小さな紙袋があった。


 なにもらってきたんだろうな? と思う。


 瑞季は、近くに友だちの家のマンションがあると言っていた。

 神田に送られ、困って、咄嗟にそこに入ったのだろう。


 ま、そんなことしなくとも、神田には最初から、バレバレなんだけどな。


 そんなことを考えながら、こっちには、まるで気づかず行ってしまう瑞季をガラス越しに眺める。


 なんだろう。

 もう鼻歌歌ってんな。


 そんな瑞季に思わず笑う。


 偶然を装い、追いかけようかと思ったが、駅から自宅に帰る途中のコンビニは此処ではない。


 疑われないよう、時間を空けて戻ることにした。


『まるで、ストーカーだね』

という蔑むような神田の言葉と表情を思い出す。


 ストーカーじゃなくて、ボディカードと言えよ、と思った。

 それにしても、神田め。


 昔から偉そうな奴だったが、教師になってから、より一層だな。


 だが、あれだけ優秀だった神田が教員の道を選んだときには驚いた。


 てっきり大学に残るか、一流企業に就職すると思っていたのに。


 ……しかし、俺と神田が同じ高校、同じ大学だってのは、ちょっと訊けばわかることなのに。


 訊かないし、気づかないのが瑞季だよな、と苦笑する。


『お前が見えたからだよ――。


 了弥』

と言ったあとで、神田は、


『……お前の声だと思ったんだよ』

と笑った。


 瑞季が最初に神田に電話をかけたとき、後ろから自分の声が聞こえていた、と神田は言った。


 神田並みの鋭さが瑞季にあればな。


 ほんとあのボケが、と思いながら、そろそろいいか、と読みかけの車の雑誌を棚に戻す。


 神田はうちの近くのマンションに送られた瑞季の小芝居を、苦々しく思っていたことだろうに。




「ただいま」

と了弥がリビングの扉を開けると、瑞季はまた、誰かとスマホでしゃべっていた。


 どうやら、あの白いソファがお気に入りらしく、またそこに座って話している。


 なんだか瑞季が居るのが既にこの家の風景になってるな、と少し嬉しく思いながら、ダイニングの椅子に鞄を置いた。


 瑞季が、お帰り、というように振り向く。

 だが、まだスマホは握ったままだった。


 なにか真剣な顔で話している。


 また嫌な予感が、と思ったとき、

「わかった。

 ありがとう」

と言って、瑞季はスマホを切る。


 ふと見ると、瑞季がさっき持っていた紙袋がテーブルの上に置いてある。


 ぱっくり開いているので、つい、中を見ると、美味しそうな揚げたてのコロッケが四個入っていた。


「あ、それ、未里がくれたの。

 晩ご飯にって」


 食べよう? と瑞季が立ち上がりかけたとき、彼女のスマホがメールの着信を告げた。


 また神田か? と思っていると、瑞季はそれを見たあと、しばし無言だった。


 特に返信もせずに、それをソファに放った瑞季は、何故か、大きく息を吐いたあとで、

「ご飯にしよっか」

と言った。


 なんだろうな。

 ちょっと怖いが……と妙に迫力のある瑞季に思った。


 

 

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