第八話「覚悟」
「ボクのためです」
「……春太郎のため?」
「はい。ボクは春児様の笑顔が大好きです。春児様が幸せになることが、この春太郎の一番の幸せなのです。ですから、その恋を応援させていただきたいのです」
「お前は……またそうやって人のことばかり……」
「違いますっ。これはボク自身のための行動ですっ」
「わ、わかった、だから、とりあえず座るんだ」
「もっ、申し訳ございません。取り乱しました……」
頭を下げつつ椅子に座る。
「だが、どうして今更、しかも、こんな半端な時期にそんな決断をしたんだい? そ……その、自分でいうのもなんだが……春太郎は……い、いつから気付いていたんだい?」
「春児様が初めて誠を見られたときからです。一目惚れ、ですよね?」
ボクの返答に春児様は目を見張られ――
「っ……。やっぱり春太郎に嘘はつけないね……。ああ。そうだ。そのとおりだよ」
観念されたように
「時期の話をされましたが、ボクも考えたのです。誠の進路は聞いていませんが、もしかしたら、島外の大学へ行くことになるかもしれない。もしくは進学せず、島外で就職するかもしれない。そうすれば、たとえ春児様と誠が恋人同士になれることができたとしても、一年足らずしか一緒にいることができないのです」
「そう言われればそうだけれど……」
「それに……気付いていらっしゃると思いますが、ライバルも多いです。これはあくまで予想ですが、ゆのはさんは卒業式あたりを機に、ゆきちゃんもバレンタインあたりで、なにか思い切ったアプローチをするんじゃないか、そう思っています」
「確かにありそうだが……」
「春児様、もしそこで誠がどちらかと付き合うことになったらどうされます? やることをやって駄目ならば、まだその結果を受け入れることもできましょう。ですが、座してなにもしないまま、誠が他の誰かと付き合うことになったら、絶対に後悔なされます。そして、傷つかれる。ボクはそんな春児様を見たくはないのです」
「じゃ、じゃぁ、わ、私はどうしたらいんだい?」
「覚悟をお決めください春児様」
春児様の目を真っ直ぐに見つめてハッキリ言い切る。
「覚悟……」
「初恋は実らない。そんなジンクスなんて破ってしまいましょう。ボクが応援します。ですから春児様は覚悟をお決めください。恋を実らせたいという覚悟を。そのためだったらボクは、犬馬の労さえいといません――」
「春太郎……」
しばらくして、春児様は覚悟を決められたように、真っ直ぐな、ぶれない瞳でボクを見――
「ああ、認めよう……私は、誠のことが好きだ――」
そうハッキリと告げられた。
「……はい」
「私は決めたよ春太郎。ゆのはさんにもゆきにも私は負けない。誠と恋人になりたい。結ばれたい。それが無理だとしても、座したまま負けるのはイヤだ」
「はいっ」
「春太郎、だから、私の恋を応援しておくれ」
「はいっ!」
微笑とともに差し出された春児様の右手を握った。
「では、これからのことを相談いたしましょう。今日は天気もいいですから、お庭で桜を眺めながらでもいかがでしょうか?」
「ああ、それはいいね。そうしよう」
春児様に先へお庭へ出てもらって、紅茶とクッキーのセットを持ってガゼボへと向かった。
今日は風もなく、温かで穏やかな、青空がどこまでも続く素晴らしい日だった。
白い八角形のガゼボに座る春児様は、一つの絵画のように、とてもお美しかった。
「春太郎、お前は私の従者でもあるが、同時に恋の相談役ともなるんだ。だから、お前も座って一緒にお茶を飲みながら話そうじゃないか」
「お気遣いありがとうございます春児様。ですがいけません。ボクは一介の従者、春児様はご主人様でございます。それに、ここはお客様の目にもつきますから、旦那様のご許可がない限り駄目でございます」
「むぅ……頑固なやつめ」
「ボクは春児様の後ろ姿を、この位置から眺めるのが大好きなので、お気遣いは無用でございます」
「まったく……春太郎はそんな可愛い顔をしながら、一度言い出すと聞かないからね……」
春児様は渋々と納得なされながら紅茶を口にされた。
「ニルギリだね」
「正解でございます」
「ふっふっふ、私は違いのわかる女だからね」
「左様でございますね」
自慢気に微笑まれる春児様がとてつもなく愛らしい。
「それで本題だが、ゆのはさんもゆきも強敵だね……」
「はい。二人ともタイプがまったく異なりますからね」
春児様、ゆのはさん、ゆきちゃん、ころねちゃんは「並木学園の四大美人」と呼ばれている。
ゆのはさんはおっとりとした温和で優しい性格に、小柄でスレンダーな体型が特徴な年上のお姉さんであるのに対し、泉水先生の娘さんである春乃ゆきちゃんは、一年生で、百七十センチという長身に、引き締まった発育のいい健康的なプロポーションを持つ、サッパリとした性格で、ボクのことを「春兄さん」と呼んで慕ってくれている、ころねちゃんと同じく妹のような存在だ。
「そういえば、どうして誠は彼女を作らないのか春太郎は知っているかい?」
「はい。誠から直接聞いたことがあります」
誠はモテるのに一度も彼女がいたことはなく、全ての告白を振っており、不思議に思って好きな相手がいるワケでもないのにどうして告白を断るの? と、理由を聞いてみると「本当に好きだと思った相手じゃなきゃ、なんかイヤだから」とのことだった。
「教えてくれるかい?」
「申し訳ございません。ボクだから話してくれたことかもしれませんので、春児様でもお話しすることはできません……」
頭を下げるボクに頷く春児様。
「うん……。そうだね。男同士、親友同士だからこそ話せることもあるだろう。それを他人にペラペラ話すのは軽薄だ。そんな人間は私も信を置けない。さすが春太郎だね」
春児様の言葉に頭を下げる。
「さて……じゃぁ……どうしようかな……」
うららかな春の陽気の中、庭の満開の桜を眺めながら、春児様は楽しそうに紅茶を口にされた。
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