第十七話「ゆきちゃん」
金曜日・昼休み――
本日春児様は旦那様とご一緒に桜花本家で催される祝賀会へと出席するため、早朝から島をお出になられていた。
ボクは体の負担になるかもしれないからという旦那様のお気遣いで留守番だ。
誠は今日は後輩と食べると教室を後にして行ったため、昼休みのゴタゴタはないようだ。
一人になったボクがなんとなくお弁当の包みを持って屋上へ出ると、ぽつんと一人、校庭を歩く元気なさげなゆきちゃんの姿が目に入った。
「ゆきちゃん、こんなところでどうしたの?」
追ってみた先には、人気のない校舎裏で一人、お弁当の包みを開かず、座り込んで俯いているゆきちゃんがいた。
「春兄さん……どうしたんですか……?」
ゆきちゃんは面倒そうに顔を上げてボクを見て、元気のない声と表情でそう答えた。
「どうしたのはゆきちゃんのほうだよ。そんな落ち込んだ顔して」
言いながら隣に腰掛けたボクを一瞥してゆきちゃんはまた俯いてしまう。
「春兄さんは、いつもニコニコしてますよね……。辛いこととかないんですか?」
「もちろんあるよ。春児様や旦那様がお辛そうにされているとなによりも辛いし、ゆのはさんやころねちゃん、それに……今みたいに、ゆきちゃんの元気がないときも。かな」
「ふふっ……なんですかそれ……。春兄さんらしいですけど、全部他人のことじゃないですか。自分の身に振るかかることで辛いって思うこととかないんですか?」
病気のことは別にして考えてみるが、自分がなにかをされて辛くなる。というようなことは特に思い浮かばなかった。
「うーん……あんまりないかなぁ……。ほら、ボクって幸せ者だから。春児様にも旦那様にも、お屋敷の皆様にもよくしてもらっているし、ゆのはさんやころねちゃんやゆきちゃんや、学校のみんなも優しいから」
「みんなが春兄さんに優しいのは、春兄さんがみんなに優しいからですよ」
「そうかな? 逆じゃない? みんなが優しくしてくれるから、ボクも優しくできるんだよ」
「ふふっ……春兄さんはいつも前向きですね……ずっと、昔から……」
ゆきちゃんは小さく笑って遠い目をする。
「そういうゆきちゃんこそ、本当に悩むと誰にも相談しないで一人になる癖、昔のままだね」
「…………」
「ボクでよかったら、話聞くよ? イヤならすぐにでもどこかに行くから」
「いえ……。春兄さんはずるいですよ……。そうやっていつも笑って、抜けているように見える癖に、肝心な所は鋭いんですから……」
「ふふっ、ころねちゃんもゆきちゃんも妹みたいなものだからね。元気がなかったらすぐに気付くよ」
「春兄さんに嘘はつけませんね……。そうです、ちょっと落ち込んでました……」
ゆきちゃんはゆっくりと顔を上げてボクを見た。
「ホント……昔から親父とケンカして家出したときも、一番最初に私を見つけてくれるのは、必ず春兄さんでしたね……」
「妹が困っていたら助けるのがお兄さんだからね」
「……春兄さんには敵いませんね」
ゆきちゃんは観念したように笑った。
「とりあえず、お弁当食べながら話そうか? 食べなきゃ元気が出ないから」
「そうですね」
お弁当の包みを開き蓋を開けるとゆきちゃんが驚きの声を上げた。
「うわっ、すごい量ですね。春兄さん筋トレでもしてるんですか?」
ボクのお弁当箱はいつもの二倍ほどの大きさで、中にはぎっしりと敷き詰められたご飯に、からあげやウインナー、ポテトサラダといった高カロリー食が所狭しと並んでいた。
「筋トレはしてないけど、最近ちょっと痩せてきちゃったから、お肉をつけようと思って」
「そういえば、最近の春兄さんは少し痩せすぎですね」
ゆきちゃんは頷きながらしげしげとボクのお弁当を見た。
「でしょ? ボクも男だからね。あんまりガリガリだとみっともないから」
痛みもそうだが、特に最近は食欲もなく少し食べただけで吐き気がし、そのため体重の減少が著しい。けれどこのままでは死ぬ直前には骨と皮だけになってしまう。
だからこれ以上痩せて春児様やみんなにボクがもう助からない病気だと察されないようにと、ゆきちゃんのお父さんである泉水先生にも相談して、薬や、高カロリー高炭水化物のメニューを瀬田さんに作ってもらい、屋敷では春児様に隠れて無理して食べ、そうしてなんとかやっと体重の減少を止めている状態だった。
「なんて贅沢な悩みなんですか、普通逆ですよ。春兄さん、女子の敵ですね」
「ふふっ、それは困っちゃうなぁ。でもゆきちゃんだって良い体型してるじゃない。出るところは出てるし、くびれるところはくびれてるし、美人さんだし、男子にも女子にも注目の的だよ」
「私はちゃんと食事管理してこのプロポーションを維持してるんですぅ! あと春兄さんそれセクハラですよっ」
「セクハラだったかー」
「そうですよ」
「それは困ったなぁ」
「そのからあげをくれたら許してあげます」
「ははー、おゆき様、どうぞお納めください」
からあげをゆきちゃんに差し出す。
「それにしても……それ、食べ切れるんですか……? 春兄さん昔から食が細いから……」
心配してくれるゆきちゃんに笑みを返す。
「ゆきちゃん、ご飯はね、気合だよ?」
「ふふっなんですかそれ」
二人で笑いあって食事を進めた。
「うっぷ……ご、ごちそうさまでした。それで? どうして元気がなかったのゆきちゃん?」
なんとかお弁当を気合いで食べ終えたボクは、先に食べ終えて食後のお茶を飲んでいたゆきちゃんに問いかけた。
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