第十八話「お願い」

「……実は、誠先輩にうまくアプローチできなくて……なんていうか……いつも、春児さんやゆのはさんに一手二手先を行かれているといいますか、一歩遅れてといいますか……後手後手というか……自分でもうまく言えませんけど、そんな感じなんです……」


「なるほどね……」


 ゆきちゃんをじっと見る。


 キリリとした顔付きで背も高いから誤解されやすいが、実はゆきちゃんは甘えたがりで、アプローチをかけるよりもかけられたい、甘やかしてもらいたいタイプだ。


 そこがゆきちゃんとは正反対の、甘やかしてあげたいタイプの春児様やゆのはさんに差を開けられている原因なのだと思う。



「ゆきちゃん、それはさ……。きっと、覚悟が足りないんだと思うよ」


「覚悟……ですか?」


 そんなことはできているというように抗議したげな視線をボクへ向けるゆきちゃん。


「うん。きっとゆきちゃんには、誠にアプローチをかけるとき、どこか気恥ずかしさが残ってるんじゃないかな? もしくはなんで向こうから来てくれないの? みたいな」


「そ……そりゃ、思いますよ。こっちは、は、恥ずかしい思いをしてまでアプローチしてるのに、どうして応えてくれないの……? って、……こ、これでも年頃の乙女なんですから……」


「うん。ボクもそれはゆきちゃんの良いところだと思うよ。だけど、そのせいで遅れをとっているのかもしれないね」


「どういうことです……?」


「ゆのはさんはあと二ヶ月もしない内に卒業しちゃうから後がないし、春児様も、旦那様はそんなことはなさらないでしょうけれど、もしかしたら政略結婚をすることになるかもしれない。だから、春児様もゆのはさんも必死なんだよ。恥ずかしくても誠と付き合えるのなら、そんな気持ちをかなぐり捨ててるんだ。その点ゆきちゃんはどう?」


「……」


「まだ一年だし、来年も誠はいるからって、少しだけ余裕をもってない? 本気で、全てを投げ捨てるような気持ちにはなれていないんじゃない? 多分だけど、そういうところが二人に遅れをとっている原因だと思うんだ」


 心当たりがあるのか、ゆきちゃんは俯いて黙ってしまった。そうしてしばらくして顔を上げてボクを見た。



「じゃ、じゃぁ……私はどうしたらいいんですか?」


「ゆきちゃん、当たって砕けろの精神だよ。やれるだけのことはやったほうがいい。少なくとも、あの時こうしていれば……なんて思うくらいなら、後でなんでこんなことしちゃったんだろう……って思うほうがよっぽどいいよ」


 それはボクが今一番痛感しているから。


「そんな……簡単に言ってくれますけど……」


「うん。とっても勇気がいることは分かってる。でも、現に今、春児様もゆのはさんもその位置にいるんだよ」


「じゃ、じゃあ、私はもっと恥も外聞も気にせず誠先輩にアプローチをかけってことですか?」


「有り体に言えばね」


「そんな簡単に言ってくれますけど……」


「恥ずかしい?」


「そりゃ……そうですよ……それに、自分が春児さんやゆのはさんより魅力があるとも思えませんし……」


「ふふっ……」


「なっ、なにがおかしいんですかっ」


「今の言葉、二人が聞いたらきっと怒ると思って」


「……そうかもしれませんけど」


「ゆきちゃんはお二人にない魅力を持ってるよ。セクハラって言われちゃうかもだけど、そのプロポーションもそうだし、それだけじゃない。性格も仕草も、ゆきちゃんはとっても魅力的な女の子だよ。だからそんな心配はしないで、思い切りをぶつけたらいいんだよ」


「春兄さん……」


「選ぶのは誠だし、結果がどうなるのかは分からないけど、どんな結果であれ後悔しないためにも、できることをしたほうがいい。ボクは今になってそう思うんだ」


「……今になってって、なにかあったんですか?」


 まずいと思い、気取られないように首を横に振る。


「ううん、色々と今後のことを考えたら思うことがあったんだ。人間はいつどうなるか誰にもわからないからね。だから、今その時にできる全力をしたほうがいいってね」


「なんだか説得力がありますね……」


「でしょ? ダテにゆきちゃんより長生きしていないよ」


「長生きって、たった一年じゃないですか……」


「その一年は、ゆきちゃんが思ってるよりもずっとずっと大きいんだよ?」


 ボクがあと一年長く生きられるのなら、もっとやりたいことがたくさんあるから。


「いい子いい子」


 久しぶりにゆきちゃんの頭を撫でる。ツンツンした癖っ毛は相変わらずだ。


「……春兄さん、私はころねっちじゃありませんよ?」 


「昔はゆきちゃんも頭撫でられるの好きだったのにね」


「もう子供じゃありませんからね。それにこれセクハラですよ」


「それは困ったなぁ」


「まぁ、特別に許してあげますけどね……?」


「ふふっ、ありがとうゆきちゃん」


 こうしていると幼い頃のゆきちゃんが蘇ってくる。背も五人の中で一番小さく、甘えん坊でころねちゃんやボクにくっついて離れなかったゆきちゃんが。


「いつの間にかボクより大きくなって……」


「なんですかそのお母さんみたいなセリフは……」


「ふふっ、ちょっと昔のゆきちゃんを思い出してた」


「やめてください恥ずかしい。黒歴史ですよ」


「そうかな? とっても可愛かったよ。おにーちゃんおにーちゃんって」


「いやー!」


 顔を赤くして耳を塞ぐゆきちゃん。


「……でも、昔はですか? 今は、可愛くないんですか?」


「もちろん今も可愛いよ」


「ふふっ、ありがとうございます」


 撫でられ終えたゆきちゃんは勢いよく立ち上がり拳を振り上げた。


「決めました! 春兄さんの言うとおり、できることは全てやって、使えるものは全て使って後悔しないようします!」


「わー!」


 拍手を贈る。


「なので春兄さん、お願いがあるんですが……」


「うん、いいよゆきちゃん。言って――」

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