第十九話「勉強会」

「誠、ちょっといい?」


 五限目の休み時間、ボクは席を立って誠の席の前へ立った。


「どうした春太郎?」


「実はちょっと誠にお願いがあるんだ」


「なんだ? 俺にできることなら聞くぜ」


「ありがとう。実は……」


 ゆきちゃんからのお願いは『誠との距離を近づけるために勉強会をセッティングしてほしい』というものだった。 


「……そういうことか、いいぜ」


 二つ返事の誠。


「ありがとう誠。優しいね」


「なに、惚れた弱みってヤツだよ」


「えぇー……?」


「バカ、冗談だ」


「ふふっ、わかってるよ」


 笑う誠に笑って返す。



「んー! でも意外だな」


 誠は椅子にもたれ体をのけぞらせて大きく伸びをしながらそう口にした。


「なにが?」


「お前は春児のことを応援してるのかと思ってた」


「もちろんボクは春児様一番だよ。だけど、ゆきちゃんも可愛い妹だからね」


「ゆのはさんは?」


「大切なお姉さん」


「誰か一人を選べって言われたら?」


「意地悪な質問だけど春児様」


「だろうなぁ。春太郎は春児のためならなんだってしそうだしな」


「当たり前でしょ? でも、だからって他の人を蔑ろにしたりは絶対にしないよ。そんなことしたら、なによりも春児様に失望されてしまうからね」



 春児様は人を蹴落としてまで自分の利益を得ようとするようなお方ではない。むしろその逆で、自身が不利益を被ってでも他人を優先されるようなお優しいお方なのだ。



「そうだな。春児は本当に立派なヤツだからなぁ」


「だから誠も自分を誇るんだよ。じゃなきゃボクが許さないからね」


「おお、そいつぁ怖ぇ」


 誠はボクが尊敬畏敬する春児様がお認めになった男だ。


 だからボクは春児様がお認めになった誠を信じる。


 やや優柔不断の気はあるが、一度決めたらやり遂げるし約束事を絶対に破らない。困った人がいれば助け、悲しんでいる人がいれば寄り添う。優しくも侠気がある。朧月誠おぼろづきまこととはそういう男だ。



 放課後、ボクは誠を伴って桜並木の校門へと向かい、先に待っていたゆきちゃんところねちゃんと合流した。



「お待たせ、ゆきちゃん、ころねちゃん」


「おう、待ったか?」


「いえ、私たちもちょうど今来たところですから」


「ですです」


「とりあえず、こんなところで固まっているのもアレだから、行こうか?」


「はっ、はいっ、そうですねっ」



 ボクたちはゆきちゃんのお家へ向かった。



「凄い豪邸だな……」


 総合病院の真横にある春乃邸を見た誠が感嘆の声を洩らす。


「えっええ、まぁ、いいお家に住ませてもらってます」


「でもいいのか? 一人娘の部屋に、俺見たいな野郎がお邪魔させてもらって」


「なに言ってるの誠、野郎ならボクもでしょ?」


「いや、春太郎は女みたいなもんだからな」


「そうですね」


「ですです」


 誠の言葉にゆきちゃんころねちゃんが同意する。


「ちょっと二人とも……」


「ま、それは冗談として、今回は勉強会ですから、あの親父もそんなにうるさく言うことはないでしょう。それに、今は病院にいるはずですから」



 玄関でおばさんに挨拶してゆきちゃんの部屋に通された。



 久し振りのゆきちゃんの部屋は昔と同じく、カーテンやベッドやなど全体的に白く、ところどころに置かれたファンシーなぬいぐるみが印象的だ。


「好きなところに座ってください」


「じゃぁボクはこっちで」


「私は春太郎さんの隣で」


「俺は……」


「「そっちで」」


 ボクたちは部屋の真ん中にある、クッションが四つ置かれた座卓へと座った。並び位置はゆきちゃん、その隣に誠、その対面にボクところねちゃんだった。


「座り位置おかしくないか?」


「おかしくないよ」


 誠の疑問を一蹴して勉強会が始まった。


「あの、誠先輩、ここがわからないんですけど……」


「おおっ?! ど、どどど、どれだ?」


 ゆきちゃんはその大きな胸を誠の腕に押しつけるように身を寄せた。


「わわ、ゆきちゃん積極的です……っ」


「ちょちょ、ちょっと近いんじゃないか? ゆき?」


「……先輩は、イヤ……ですか?」


「い、いや、そういうわけじゃないが……うん。別にこれでいいか、俺には得しかないしなっ」


 ゆきちゃんも相当恥ずかしいのだろう。その目は潤んでいるし、顔は真っ赤だ。その泣きそうな上目遣いに誠も堪らないといったように、茶化すようそう言って笑った。


「なっ、なに言ってるんですかっ」


「本心だよ。ちなみにここの解き方はこうして、こうだ――」



 誠は運動もできるし腕っ節も強いうえに、テストの成績も学年上位に入るという文武両道な男で、一年下のゆきちゃんに勉強を教えるなんてお茶の子さいさいなのだ。


 そうしてゆきちゃんのアプローチも含めながら勉強会はつつがなく進行し「少し休憩しましょう」と、ゆきちゃんがころねちゃんと一緒に下へ降りて行った。



「ふぅー……」


 誠は緊張が解けたように両手をついて体を軽く反らせ、ため息をついた。


「なにため息なんてついてんのさ、モテ男」


「緊張するだろうが! こんなこと言うのもなんだが、俺は年齢=彼女いない歴なんだぞ?! 女の子の部屋に入ったのだって今日が初めてだ! しかも横にはゆきみたいな美人がいてくっついてくるんだぞ?! 頭の中パンクしそうだよ!」


「ふふっ」


「なにがおかしいんだよっ?!」


「そこが誠のいいところだなって思って。下手に気取ったり、かっこつけたりしないとこが誠らしいよ」


 そんな裏のない真っ直ぐな性格だから、春児様もきっと誠のことをお好きになられたのだろう。いや、一目惚れだから顔と雰囲気……? 違うな、春児様のことだからすべてのことを直観的に感じとられていたのだろう。


「それ褒めてんのか?」


「もちろんだよ。その素直さと初々しさがいいよね」



 そんなことを話していると、紅茶とクッキーが入った皿が乗った盆を持ったゆきちゃんところねちゃんが戻ってきた。


「あ、あの、これ手作りなんですけど、よかったらどうぞ……」


 おそるおそるクッキーの皿を机の上に置くゆきちゃん。


「お、おう、いただきます」


 誠がクッキーを手に取って口にする。


「美味いっ!」


「ほっ、ホントですかっ……? 気を使ってくれてるんじゃ……」


「ホントだゆき。このクッキー本当に美味いよ。だからそんな不安そうな顔すんな」


「よ……よかったぁ……」


「っ……!」


 安堵したゆきちゃんの心からの笑顔に、誠が心を奪われ息を飲んだのがわかった。


「よかったですねゆきちゃん。頑張った甲斐があったです」


「うん、手伝ってくれてありがところねっち。あ、春兄さんも遠慮せずに食べてください」


「うん、いただくよ」

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