第十六話「誠の初恋相手」
「ふふっ、それでこそ誠だよ」
「はぁーあ、せっかくだし、ついでに初恋の未練も断ち切っておくかな」
「えっ? 誠、恋したことあったんだ?」
誠が初恋を経験していたなんて初耳だった。
「当たり前だろ。俺をなんだと思ってんだ?」
「朴念仁」
「ははっ! 言ってくれるな!」
そう言って誠は大きく笑った。
「相手は誰か……聞いてもいいの?」
「おうよ。ぜひ聞いてもらいてーな」
「じゃあ、誰?」
「お前」
「…………え?」
冗談かと思ったが、誠は笑っていなかった。真剣な眼差しでボクを見ていた。
「ほ、ホントに……?」
「ああ、ホントもホント。大マジだ」
「でっ、でもボクらが出会ったのは中学からでしょ?」
モテるくせに彼女を作らない誠は常にそっちのけがあるんじゃないか? とからかわれていたが、その都度自分は異性が好きだと言い張っている。
その言葉を信じるなら、私服だと女性に間違われることも多いボクだが、学ランを着てるボクを見て女だと勘違いするわけないだろと言いかけ、誠が遮った。
「それが違うんだな」
「えっ?」
「実は、今まで黙ってたが、俺がお前を初めて見たのは小学生の頃、桜神社でだったんだよ」
「…………」
言葉を失うボクに誠は続ける。
「その時のお前、女装しててさ……一目見た瞬間、雷に打たれたような思いがしたよ。今思えばそれが初恋ってやつだったんだろうな……。それ以来ずっとその女の子のことが忘れられなくってさ、度々神社に行っちゃぁ探して遠目で見てた。けっきょく声はかけられなかったけどな……。私服のお前も、男っぽい服が好きな女の子だと思ってたし、執事服を着たお前も、ただ男装してるだけかと思ってたんだ」
幼い頃のボクたちは桜神社を遊び場にしていたし、春児様たちのおふざけでよく女装させられたりもしていた。
「それで、中学でお前を見て、俺の初恋は見事に散ったってわけだ。まさか男だったなんて夢にも思ってなかったからな……」
そう言って誠は笑った。
「誠……ボク……なんて言ったらいいか……」
まさか誠が女装をしていたボクに恋していたなんて、しかもそれが初恋だったなんて申し訳なさでいっぱいになる。
本当の朴念仁は誠じゃなくてボクじゃないか。
「謝らないでくれ。勝手に勘違いした俺が悪いんだからな。けど……そうして自分の中で、なあなあにしてたのがよくなかったのかもしれん」
「誠……」
「俺が一番、俺の気持ちから逃げてたのかもしれない。もちろん諦めてたし、男だけどお前は可愛くて……。お前がいつも近すぎて、誰かに告白されるたびに初恋の女の子の……お前の顔がよぎってダメだった。だから春太郎――」
誠は立ち上がって真っ直ぐにボクを見て頭を下げ、右手を差し出した。
「春太郎……いや、幼い頃神社で見た女の子さん! いや、添木春太郎さんっ! 好きですっ! 男だってかまわない! 俺とお付き合いしてくださいっ!」
「…………」
その言葉を受けて、ボクも立ち上がり、頭を下げた。
「ごめんなさいっ! 好きな人がいるんですっ!」
そうして互いに頭を下げたまま十秒ほど経ったとき――
「っかあっ! 振られちまったかあ!」
そう言って誠はどかりとベンチに座った。
「……なんだか、ホントにゴメンね誠」
「ばーか、謝んじゃねえよ。余計に惨めになるだろうが。ほら、座れよ」
「うん……」
座りながら誠を見る。
「これで、吹っ切れた……?」
「ああ、おかげさまでな。これでサッパリと新しい恋が始められそうだ」
誠は爽やかに笑った。
「ならよかったよ……」
「なぁ、ここだけの話、お前の好きな人って誰なんだよ? 告白を断るための嘘ってわけじゃないだろ?」
「もちろんいるけど、秘密だよ」
「なぁんだよ、俺もこんな小っ恥ずかしい話を打ち明けたんだから、お前も
「それとこれとは話が別でしょ? ボクの恋は
「なんじゃそりゃ」
そう言って誠は笑い、ボクも笑った。
誠と別れ、お屋敷へと戻ると、部屋着に着替えられた春児様が心配そうな面持ちでボクをお出迎えてくださった。
「おお、春太郎、大丈夫だったかい?」
「? どういうことでしょうか?」
「いや、あの誠の勢いと眼差し……。下手したら、春太郎が誠に襲われているかもしれないと心配していたんだ」
「そんなことあるわけないじゃないですか……」
告白はされましたけど。とは絶対に言わないが。
「そ、そう。ならよかった……」
安心した表情を浮かべられた春児様と共に、その日は早くお帰りになられた旦那様と一緒に三人で夕食をとった。
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