第十五話「あせる誠」

 放課後――


「おい春太郎ちょっといいか? 付き合ってくれ。春児、春太郎借りていいか?」


 帰りのホームルームが終わった瞬間立ち上がった誠はボクの腕を掴んで春児様にそう言った。


「あ、ああ、構わないけれど……ただ、春太郎に変なことしちゃダメだよ……?」


 誠の勢いに押されるように春児様が頷かれる。


「俺が好きなのは女だ!」


 言うや否や誠に腕を引かれて学校を後にした。


「はぁ……はぁ……ちょっと……待って誠……早いって――」


「あっ、ああ、悪い春太郎。病気で激しい運動はダメだったんだよな? ゴメン、ホントにゴメン」


 ボクが甲状腺の病気と貧血ということはホームルームのときに担任の先生からクラスへ、そしてクラスメートから全校生徒に周知されていた。


「はぁ……いっ、いいよ……誠も、よっ……余裕がなかったんでしょ……?」


 頭を下げる誠を片手を上げて制す。むしろこの程度で、こんなちょっと少し走っただけで息が切れてしまう自分の体が情けなかった。今まではこんなにヤワじゃなかったのに――


「あ、ああ……そうなんだ。なぁ、春太郎……どこか、人の来ない場所知ってるか?」


「うん……。一応ボクの秘密の場所があるけど……」


「悪いけどそこに案内してくれないか? ちょっと相談したいことがあるんだ……」


「仕方ないなぁ……。誰にもナイショだよ?」


「ああ。もちろんだ」


 誠を連れて無人の祠へと向かった。


「ここだよ」


「おお……。確かにいい場所だな……」


 ボクのお気に入りの場所を、誠も気に入ったみたいだ。


「なぁ春太郎……今日はいったいみんなどうしちまったんだよ……?」


 二人でベンチに腰掛けたとき誠がそうぼやいた。


「どうしたって、どういう意味?」


「わかるだろ? そのままの意味だよ。なんだか、春児もゆのはさんもゆきも積極的っていうか……」


「わかってるじゃないか」


 他の男子たちが同じ状況になったら泣いて喜ぶだろうに、誠は困惑しているような表情と雰囲気だった。


「いや、だからなんでそんな急に……」


「誠、きっかけなんて関係ないんだよ。いつ誰がどんな理由があって積極的になったかなんて、知ってどうするの?」


「えっ?」


 誠が虚を突かれたような顔をする。


「誠はさ、たとえば春児様が、ゆのはさんが、ゆきちゃんが、積極的になった理由を知ったとして、なにかが変わるの?」


「…………それは……だけど……」


「そんなこと知ったって仕方ないよ。問題は、過去じゃなくて今、未来だよ。誠はどうしたいか? どう向き合うか? でしょ?」


「春太郎……俺は……どうしたらいいんだ……? 正直よくわからないんだ……困惑してる……」


 誠は項垂れ、縋るような瞳でボクを見た。


「……そんな情けない顔しないでよ」



 そんなんじゃ春児様を……。そんな言葉が喉元まで出かける――



「誠、男なら覚悟を決めて」


「……どういうことだよ?」


「そのままの意味だよ。時間は進むんだ。良くも悪くもさ……」


「春太郎……」


「みなまで言わせないでよ。誠だってそこまで鈍感じゃないだろ? 男なら自分に向けられた気持ちに、真摯に向き合うべきだよ。じゃなきゃボクは、誠を心底軽蔑する」


「…………そうだな――」


 ボクの言葉に、誠は両腕を組んで俯いて暫く黙った。


 そして顔を上げ、自分の両頬を両手でパァンと叩いて。


「おっし! 俺も覚悟を決めたぜ、誰を選ぶとか、好きとかどうとかはまだよくわからねえけど、俺は逃げないっ! 向こうが真っ正面から来るなら俺も真っ正面から迎えるぜ!!」


 そう力強く、芯のこもった声とぶれない瞳で宣言した。

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