第一話「うららかな日常」

春児はるこ様、ゆのはさん、お待たせいたしました。まことも」



 今日は土曜日。授業も午前だけで終わり、春児様たちは満開の桜並木を抜けた校門の前でボクを待ってくださっていた。



「おーう。別にそこまで待ってなかったぞ。ていうか俺はついでかよ」


「誠はついでに決まってるでしょ?」


 同い年であり親友である誠にそう応える。


「ひでぇ!」


「ふふっ、誠くんったら……」


 ボクたちのやりとりにゆのはさんが微笑む。



「うん。で、どうだったんだい春太郎?」


「申し訳ないですが、お断りさせていただきました」



 そうお聞きになられたのは、ボクがお仕えしている親愛なるご主人様。


 桜花春児おうかはるこ様だ。


 桜花家はこの常春島の大地主であり、網本も務める家柄で、春児様はその桜花家現当主である桜花青治おうかせいじ様の一人娘でいらっしゃる。


 百六十センチという身長に、スレンダーな体付き。肌は白くきめ細やかで、艶やかな黒髪の姫カット、涼しげな切れ長の二重、くっきりとした鼻筋に、赤く色付く形のいい唇、アゴのラインはシャープで美麗。


 非の打ちどころのない美の化身であらせられた。



「これで春太郎に振られたのは何百人目だい? 春太郎ときたら、女子より男子に告白されている回数のほうが多いんじゃないかのかい?」


「春児様、盛り過ぎです。そこまで告白されておりません」


「男のほうは否定しないんだね……」


「春太郎くんの魅力に性別は関係ないんだよ」


 たおやかに微笑むのは桜司さくらつかさゆのはさんだ。


 ボクたちよりも一つ年上の三年生。

 細身な体型に、艶めく長い黒髪、色白な肌に、大きなパッチリとした二重、可愛らしい小鼻と小さな口を持つ、温和で愛嬌がある素敵な人だ。


 桜司さくらつかさ家はこの常春島の冠婚葬祭の一切を取り仕切る桜神社の宮司を務める家で、桜花家との繋がりも深く、幼い頃からの付き合いだ。



「男の気持ちもわからないでもないぜ。春太郎ってなんかいい匂いするんだよな。たまにドキッとする」



 そう応える誠は春児様やゆのはさんたちが密かに想いを寄せている相手でもあった。


 百八十センチ以上ある長身に端正な甘い顔立ち、嫌味のない爽やかな性格の男で、学園一の美男子としても有名だった。



「やめてよ誠、シンプルに気持ち悪いんだけど……」


「スンスン……うん、やっぱりいい匂いだ。爽やかな甘さ?」


 ボクの頭に顔を近づけ鼻をスンスンする誠。誠とは中学からの付き合いで、たいていのことなら許せるけどこれはさすがに寒気がする。


「投げ飛ばしてもいい?」


「ははっ! 春太郎は俺には辛辣だな!」


「そんなことないよ」


「うん、今のは誠が気持ち悪い。ドン引きだよ。それに、そういうのは思っていても言わないものだよ?」


「ふふっ、でも春太郎くんがいい匂いなのは同意だよ。コロンとか使ってるの?」


「いえ、特には……」


「まったく。春太郎は可愛い顔をしているから。春太郎が横に立つと、私が霞んでしまうよ」


「お褒めいただきありがとうございます。ですが、春児様のお美しさに比べれば、ボクなど足元にも及びませんっ!」


 初めてお会いしたときから玉のようにお美しい春児様は、年を経て十七になられた今、ますますお美しくなられていた。


「ふふっ、ありがとう春太郎。世辞でも嬉しいよ」


「世辞ではございませんっ。本心です!」


「はじまったぜ、春太郎の春児への主人愛」


「愛されてるね。春児ちゃん」


「まったく、仕方のない従者だね……」



 そう微笑をお浮かべになる春児様もまたお美しかった。


 春児様は家柄を鼻にかけない沈着冷静なご性格で、身のこなしは実に優雅、心根は非常に清らかでお優しく、常に人を気遣い、気を使わせないようお振舞いになられる、外見も内面も素晴らしいお方なのだ。



「微笑ましいね」

「毎度毎度よく飽きねーな」



 そうして四人で雑談しながら、山間部と平野部を分ける五叉路に来たところでボクは立ち止まった。



「春児様、本日は所用がありますれば、ここで失礼させていただきます」


「そう言えばそうだったね。一人で大丈夫かい?」


「はい春児様。今日は検査結果を聞きに行くだけですので、一人で大丈夫です。春児様はいかがいたします? 瀬田さんをお呼びしましょうか?」


 瀬田さんとは桜花家の家令であり、ボクの上司にあたる人で、お屋敷の家政の一切を取り仕切っている。


「いや、歩いて帰るよ。今日は天気も良いし、歩きたい気分なんだ」


 春児様のおっしゃるとおり、今日は雲一つない、青空がどこまでも続く素晴らしい日だった。


「そっか、なら俺が家まで送るぜ」


「誠、言ったからには命を懸けて、ちゃんと春児様をお送りするんだよ?」


「重いなぁ……。もちろんわかってるぜ」


「春太郎は過保護だからね」


「そこまで想われる春児ちゃんが羨ましいね」


「というか春太郎こそ気をつけろよ。お前可愛い顔してるからな。襲われるなよ?」


「なに言ってるの誠? ボクは男だよ? そんなことあるわけないでしょ?」


「さっき野郎に告白されておいてなに言ってんだ?」


「めっ! 彼の告白を茶化さないのっ」


「べっ、別に茶化してなんかねえよ、事実だろ?」


「ま、まぁ……そうだけど……」


「春太郎くん、誠くんもふざけた口調だけど、本気で春太郎くんのこと心配してるんだよ?」


 ゆのはさんに笑みを返す。


「はい。わかってます、ゆのはさん」


「おう、じゃあ行ってこい」


「では行って参ります! 春児様、お屋敷で! ゆのはさん、誠、また学校で!」


「ああ。またあとでね、春太郎」



 手を振って三人と別れた。


 暑くも寒くもない穏やかな春の陽気。咲き誇る桜たち、今日もとても素晴らしい日だった。


 ボクが今から向かうのは春乃はるの総合病院だ。


 先日、ずっと続く体調不良のため、ボクは旦那様にご相談してこの総合病院で検査してもらうことになった。


 院長である春乃泉水はるのせんすい先生は島内外からも評判の高い名医で、旦那様のご友人でもあるため、ボクもお屋敷に引き取っていただいた時からお世話になっている。


 簡易検査を受けた結果、精密検査が必要と言われ、一日かけて全身を検査し、今日その結果を聞きに行くことになっていた。

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